街角の喫茶店、木製テーブルは二人掛け。
 スーツ姿のクラピカは一人、ブラックコーヒーで腰を落ち着けていた。
 
「キミ可愛いねー。一人?」
 そこに軽薄な声を掛けたのは、いかにも軽そうな長身の男だ。
「いいよな? 相席」
 午前の喫茶店は空席だらけで、見知らぬ客同士の相席は必要ない。
 クラピカは返事を返すどころか視線の一つも合わせなかったが、男は厚かましくもクラピカの前にどっかりと腰掛けた。
 
「オレもブラックで」
 片手を上げて、男もコーヒーを注文する。
 テーブルに並んだのは、シンプルな白のソーサーとカップ、そして湯気を立てる二つのそれ。チェロ独奏組曲のプレリュードをBGMに、老舗ならではの挽き立ての香が広がっていく。
 
「オレ、これからすげー可愛い子とデートなんだよ」
 デートスタイルをスーツでキメたその男は、手前勝手にペラペラと話し出す。
「オレとしちゃ、観覧車に乗るとか、ウサギを抱っこするとか、そういうカップルの定番みてーなデートもしてみたいんだけどよ。相手がそういうの絶対オーケーしてくれねーんだよな」
 可愛いくせに可愛げのないヤツでよぉ、と男は唇を尖らせる。
「じゃあどんなデートするのかっていうと、ひたすら仕事。今日のデートも、仕事関係の下見。そいつとオレ、同僚なんだよ。だからデート中も、話す内容は仕事のことばっかだし、手も繋がせてくんねぇ」
「それはそもそもデートではなく、仕事では?」
 クラピカが冷たく口を挟む。
 一方の男は鼻白むどころか、ようやく会話ができたとばかり口角を上げた。
「ま、そうなんだけどな。オレにとっちゃ実質デートなんだよ。色気のないハナシしながら二人であちこち回るのも意外と楽しいし。それに仕事終わりに泊まるホテルじゃ、ヤることヤらせてくれちゃうしな」
「聞く限りでは、いわゆるセックスフレンドの様相だが」
「いやー、アイツはセフレなんか作るタイプじゃねーから。っつーか、初めてのときなんかヤり方もロクに知らなくて手取り足取り腰取りだったし、今もオレが教えたことしか知らな……」
 男は言葉を止めて、コホン、と咳払いした。
 クラシック曲に乗せる話題ではないとの自覚はあるのだろう。あるいは、クラピカの氷の視線に射抜かれたのも理由かもしれないが。
「ま、とにかく、オレはデートって認識なわけよ。今日もこれから仕事兼デート。もう今夜のホテルもダブルで予約してるし。そいつだって、出張先のホテルの手配をオレにぶん投げた時点でそういうつもりだろーし?」
 男は、いたずらっぽく首を傾げてみせる。
 クラピカはもちろん無反応のまま、ただコーヒーに口を付ける。
「せっかくだし、ノロケ話の一つも聞かせてやりてーとこだけど、生憎とネタがねーんだよなぁ。ノロケようにもほんっと可愛げのねぇヤツだし、手料理とかプレゼントとかも無縁だし」
「そんな可愛げのない相手とのデートを楽しめるとは、マゾヒストか?」
「あー、言われても仕方ねぇな。いやいやあれで意外と可愛いトコもあるんだぜ~なんて言ってやりてぇとこだけど、マジで可愛げねぇもん。ツンツントゲトゲしっぱなしでよぉ。あ、でもアレだぜ、ベッドん中じゃ昼とのギャップもあって超かわい……」
 男はまた言葉を止めて、コホン、と咳払いした。
 うっかり下ネタになだれ込むことの多い男だ。
 
「……うん。難しいな、こういうの。ツンと澄ましてるくせに情に厚いとことかすげーイイと思うけど、だから抱きてぇのかって聞かれたら違うしな」
 少しの間を置いて溜息のようにこぼれたそれは、およそノロケとは言えないような、要領を得ないものだった。
 けれど男の表情を見れば、きっと誰しも察するだろう。
 男がその相手へ向ける、唯一無二を。
 
 男は一つ息をついてから、その表情をへらっと軽薄なものに変えた。
「お前は? いるだろ、そういう相手。ノロケ話とか聞かせろよ」
「断わる」
「オレがこんだけ話したのにお前はナシって、そりゃ薄情じゃねーか?」
 一方的に勝手に語っておきながら、男はさらにそんな自分勝手を言う。
「じゃあインタビュー形式にすっか。はいっ、お相手の特徴は?」
 マイク代わりのティースプーンを突き付けられて、クラピカは眉間に皺を寄せつつ、しかし意外にも素直に唇を開いた。
「態度は軽薄で頭も悪い」
「……それ、ずっと前にも聞いた気がすんな。つーか、相手のイイところは? こういうとこが好き、とか」
「体」
「っておま、」
「大型肉食獣はトレーニングせずして遺伝子レベルでプログラムされた厚い筋肉を身に付けるが、それを彷彿とさせる筋肉量だ」
「あー、そういう……ご希望ならお前を背中に乗せて指一本で腕立て伏せとかしてやるけど。なんだよ、体目当てのお付き合いってか?」
「肉体の評価にでも頼るほかあるまい。なにしろ、こんな悪ふざけに喜々として興じる男だ」
 レオリオは、イタズラを見つかった子供みたいに舌を出す。
「っと、そろそろ時間だな」
 見やった先、木製の掛け時計は正午前。
 待ち合わせの喫茶店を出て、二人は十二支んとしての仕事先に向かうのだった。