Crimson Illness

リンゴなら青を。
ワインなら白を。
バラなら淡いピンク色を。
 
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よく晴れた午後に。
外に出掛けるのも良いけれど、こうして静かに読書するのもまた悪くはない。
2人きりの部屋。相手に気を遣う事なく、それぞれに過ごす時間。
窓から差し込む日の光は、程良く明るく照らし出す。部屋を、そして彼を。
(しばた)く瞳と長い(まつげ)が、視界に留まる。
キレイだな、と、つい見入ってしまったりして。読書に夢中な彼は、気付かない。
本を支えるスラリと長い指が、パラリとページを捲った。キチンと整えられた爪の先が、彼らしい几帳面さを物語っているようで苦笑する。
勿体ない。マニキュアなんて塗ったら、似合いそうなのにな。
…何色がいいだろう?
視線は腕から首筋へ、そして彼の唇で留まった。
淡い色の小さなそれに、ルージュを与えるとしたら…
街中では、真っ赤な唇を目立たせた女と幾度も擦れ違うけれど。
少なくとも彼には…そんな色は、ちっともお似合いじゃない。
与えるなら、柔らかさを守るための無色透明なリップクリームに(とど)めておくべきだろう。
…それとも……
立ち上がって側に寄ると、不思議そうに、彼はオレを見上げた。
その頬を、両手で包みこむように固定する。
そして、顔を近付けて……
青いブックカバーの小説が、彼の手からポトリと落ちる音がした。
 
 
 
青は、彼によく似合う。
冷静沈着。深淵を揺蕩(たゆた)う貝のように、物静か。
海ほどに深い知識を潜ませる姿は、とても彼らしい。
 
 
 
 
口腔を嬲り回しながら少しずつ体重をかけ、ベッドに押さえ込んだ。
右手をシャツの中へ滑りこませ、直接に肌の感触を楽しむ。
彼はジタバタと抵抗を繰り返していたが、オレが少し力を加えただけで、それはあっけなく屈した。
「嫌……ッ―――な…に…」
解放した彼の唇は濡れて、妖しいほど艶めく。ホラ、リップやルージュよりよほど良い。
シャツを脇までたくしあげ、胸の一点に舌を這わせる。
淡い突起を転がすように舐め上げると、イヤイヤをする子供みたいに首を振って。身を捩って逃れようとする。
「ッ…昼間から…何考えて…!」
もう片方の胸を指先で弄りながら、唇は首筋を移動させた。
「ん、ん――嫌だ…いや……」
強く吸い上げて、幾つも跡を残す。
「やめ…ッ…せめて…」
左手で上を向かせて固定し、顎のスグ下をくすぐるように舐めて。
「あッ…せめ…て、カーテン…」
―――このまま続けるコトも出来たのだけど。
篭絡されるまいと抵抗を続ける彼に、結局オレは頷いた。
「分かったよ」
渋々立ち上がろうとして…その前に。
オレは無造作に落ちていたタイを拾い、彼の両腕を捕らえた。
「え?な…に、…あっ…!」
後ろ手にして、両手首をそのタイで縛り上げる。
しっかりと固定して。
彼が自分では(ほど)けないのを確認してから、カーテンを閉めに立ち上がった。
「こんなコトしなくたって…逃げないよ」
溜息のような恨み言を背にして。
窓の外は、まさに晴天だった。
淡い青と白のコントラストは 優しい上に鮮やかで。
隠してしまうのを惜しみながら、そっとカーテンを閉じた。完全には光を遮断できない白色のそれは、仄かなピンクを帯びる。
まぁ、代わりにこんな色があるのもまた一興、と納得したりして。
 
 
 
…例えば。
静寂の青。
純粋の白。
柔和の桃。
 
だけど。
 
 
「赤」から、何を連想する?
お前には似合わないよ。
 
 
 
 
振り返ると、観念したように目を閉じて、無造作に寝転ぶ姿。
オレの重みでベッドが軋むと、薄っすらと目を開ける。
「手…早く、解いてくれ。背中の重みで、痛むんだ」
キレイな目だな、と思った。
ドコにでも在る、普通の瞳だけど…彼がキレイだから、だろうか。
オレは、彼のズボンに手をかけた。
「…え?レオリオ、先に手を…
 …レオ…リオ?レオリオッ!?」
両手を戒められた状態での抵抗はあまりに儚く、オレは やすやすと、下着ごとそのズボンを剥ぎとった。
何か叫んでいるのを無視して、グッと足を割り開くと、悲鳴が上がって。
開けた内太腿を閉じられないように押さえ込む。
両足の狭間に、顔を埋めて。小刻みに震えているのが伝わる。
…宥めるように、足の付け根を数回舐めてから。
「ッあ……」
彼の中心を、口に銜えた。
「う…んん…」
舌で高め上げ、追い詰める。
初めてではないハズなのに…慣れないカラダは、敏感にその反応を伝えた。
濡れ始める先端を押すようにして刺激し、(くび)れにそっと歯を立てる。
「あ…あッ、あ―――ん…」
こんなにも簡単に絶頂の寸前まで上り詰めてしまう彼に、どうしようもなく愛しさが込み上げて。
決定的な刺激は与えず、執拗なほどに時間をかけて、(もてあそ)ぶ。
解放を求めて先走りの液が滴るのを楽しみながら、ギリギリで愛撫を中断し、焦らしては鳴かせる。
「も、も…イヤ…だ……」
焦らされすぎたせいか、縛られて行為を強要されているせいか、泣き声が混じり出す。
頃合を見計らって、少し強めに吸い上げてやった。
「ん…んあ…ぁ―――…ッ!!」
彼の放ったものを、ゴクリと飲み干した。
 
そろりと顔を上げてみる。
彼は苦しそうなほど荒い息で、閉じた目尻から涙が(よじ)れていた。
…やりすぎたかな。
抱き締めるような仕草で一旦 起こし、彼の手を解放してやる。
ハラリ とタイが落ちる。もう一度、寝かせて。
閉じた双眸に口付け、涙を掬い取る。
ゴメン、と一言。
そして。
 
世界七大美色の一つが、オレの前に開かれた。
 
 
 
 
金糸の髪に、白い肌。
淡い唇、整った鼻筋。
(あつら)えたように美しいそれぞれのパーツと、そして、
 
赤。
 
すべてを魅了する、赤。
 
その宝石を嵌め込むために生まれた顔、生まれた体。
 
彼には、彼には赤なんか、これっぽちも似合いやしないのに。
 
 
 
 
 
 
「んッ…あ、あっ……」
彼と繋がった部分が熱い。
一定のリズムで突き上げると、彼も動きに合わせようと必死になっているのが分かった。
負担をかけないように――ついぞの乱暴を詫びることもあり―――出来る限りゆっくり…優しく動く。
「ひぁ!?――あ、あ、あぁ……」
彼のものをそっと握り、やんわりと上下に扱く。
既に濡れそぼった先端を指の腹で擦ると、叫びにも似た喘ぎが響いた。
「クラピカ、…大丈夫か?」
耳に、ふぅっと温かい息を吹き込む。
「あっ……」
右手では、彼自身を可愛がる手を休めずに。
「…目、開けられる?」
「ん、んん……ッ」
溶けそうに潤んだ瞳が、少しだけ、オレを見ようと開きかけて…―――
キュッと、例の先端に爪を当てた。
「あ―――ッ!…ん、うぅ……」
瞳は、開かれる前に、またキツく閉じられた。
 
 
 
 
白雪姫だって、青リンゴを選べば毒は入っていなかったのだ。
白ワインなら、ドラキュラも好まないだろうに。
ピンクのバラの優しく仄かな香りは、淡い幸せを伝えるだろう。
 
きっと。
 
 
 
 
瞳は、もう開かれなかった。
揺れる(まつげ)、切なそうに寄せる眉。
彼の体は、白いシーツに溺れているかのように喘いで…
―――美しい、と思った。
シーツを握る彼の手に重ねるように、オレも彼の手を握った。
 
 
 
 
純白は彼によく似合う。
純真純朴で、小さな嘘さえ疎ましいほど汚れがない。
光の中の天使のような姿は、とても彼らしい。
 
 
 
 
 
ズボンだけを穿いて、立ち上がる。彼は白い肌をシーツで包んで、不貞腐れたように寝転がったままだ。
カーテンを開く。
…予想だにしなかったような。
滅多に見られない、鮮やかで真っ赤な夕焼けが眼前を支配した。
部屋の中までをも…一瞬にして、赤いセロファンで透かしたような色調に染めてしまう。
「…綺麗、だな……」
感嘆の溜息混じりにそう呟いたのは、一体どちらだったのだろう。
それほどに美しかった。
赤く、赤く赤く……
 
雲の白も空の青も それぞれが人の心を癒すけれど、
この赤ほど、単純な美しさで魅了する事はないだろう。
他を望むことは(はばか)られるほどの 美しさ。
いっそ、夜に染まってしまえば。
闇ならば、光を求める事も出来ように。
 
シャッと、カーテンを閉めた。
赤を映していた部屋も、彼の顔も瞳も、元の色に戻る。
「オレは、昼の方がいい。夜の方がいい。」
ようやくの事でそう口にしたオレは、あるいは滑稽だったかもしれない。
「…そうだな。私も、夜は好きだ。静かで、落ち着けるから」
ベッドからの(いら)えに少し安堵して、彼に向き直る。
「昼は?」
「ダメだ。お前が無駄に欲情するから」
「…って、マジまだ怒ってんの?」
ジロリと、射るような視線を向けられて…まぁ仕方ナイから、とりあえず謝ったりしてみるのだった。
「イヤがってんのに押さえつけたりして、ドーモ スミマセンデシタ。お詫びに、風呂場までお運び致しマス」
「信用ならんな。シャワー室なんて、ココ以上に危険だ」
「…お前、オレの事 何だと思ってるワケ?」
若干落ち込んで、恨みがましく彼を見る。
彼は、妙に楽しげな表情で。
「――冗談だよ。」
そう、言い終わるか否かの際どいあたり。
弾けたように、彼が笑った。
一体、何がオカシイんだか、何が面白いんだか?
なんて思ってるハズのオレまで、何故か笑っていた。
 
 
 
淡いピンクは、彼によく似合う。
華やかではなくとも、小さな蕾に溢れるような温かさ。
ささやかな幸福を見つけた笑顔は、とてもとても…お前らしい。
 
 
 
 
首に、彼の両腕が巻きつく。
横抱きに そっと運ぶ、腕の中のお姫様。
触れ合う肌と肌が、直に温もりを伝えて。
啄ばむだけのキスを与えた。
 
 
 
 
 
 
赤いリンゴは夢のように甘い。
赤いワインは透き通り 濁りなく世界を染める。
赤いバラは、無条件に美しい。
 
だから、
仕方のナイ事かもしれない。
だって、彼はとてもキレイだから。
キレイな赤がキレイな彼に備わるのは、
確かに…必然だった。
 
 
情熱の赤、怒りの赤、憎しみの…
…赤。
 
彼に備わる、赤。
 
 
憎悪の炎も何もかもを飲み込んで、
 
散りゆく血潮が咲かせる花は こんなにも美しい。
 
 
 
なぁ それでも やっぱり
 
   お前に赤は似合わないよ。
 
 
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リンゴなら青を。
ワインなら白を。
バラなら淡いピンク色を。
 
…お前に贈れたら、良いと思う。