祈り

『神よ』
 
彼は頻繁に祈る。
 
『我が主よ』
 
顔前に手を組んで
今日一日の出来事の話、神へ捧げる言葉、それから黙祷。
 
クルタ族の日課だったのだと、そう彼は説明する。
 
 
 
 
「それから、ヤツは言ったんだ。“あいつら強かったな”と」
“ヤツ”というのは、クラピカが手にかけた旅団員のことだ。
「ヤツはそこでようやく、我々一族や緋の眼のことを思い出したのだよ。私の瞳を見て」
二人、ベッドに寝転びながら。
事後にこうした時間を過ごすのは、いつからか定例となった。
クラピカは淡々と、過去の事実を 言葉にし続ける。そこに、辛かったとか苦しかったとか、感情は一切込められない。事実だけ。
そしてオレは、静かにそれを聴く。時折 頭や背を撫でたり、抱きしめたまま緩く揺すったりしながら。
「私は言った。“貴様の頭はそれだけか”」
今日のクラピカは、以前に殺めた旅団員の話をする。それは、あやふやな部分なく綴られた。きっとセリフの一字一句すら正確なのだろう。
「それからヤツは 気合で私の鎖を破ろうとして、……」
「…ん? 眠いのか?」
「少し…」
手のひらで背をゆっくりと擦って促してやると、気持ち良さそうにウトウトとして、彼はすぐに眠ってしまった。
 
情事の後の静かな時間にいつも。
クラピカは淡々と、過去の事実を 言葉にし続ける。そこに、辛かったとか苦しかったとか、感情は一切込められない。
事実だけ。それはどこか、クルタ族の習慣だという“祈り”の中で、“今日の出来事”を話すときの口調にも似ている。
 
 
 
 
 
 
正確な時期は覚えていないが、9月の再会前だった。
クラピカが俺を訪ねてきたのは。
何ヵ月振りかな、今夜は泊まっていけよ、小さく弾む会話を交えながら。
控え目な微笑みも 艶やかな金髪も、いつもと変わりなく揺れるのに
その中枢にある瞳の どこか 痩れた感覚は、気のせいだとは思えなかった。
 
今までの事や これからの事を 言葉少なに語り合った夜
半ば無理矢理、ベッドへと引き摺り込んだ。
ヤメロヤメロと喚く唇、ジタバタと抗う体。
耳、首筋、胸、腰へと刺激を追ってゆくと、それらは徐々に大人しくなり、震えに取って代わられた。
『大丈夫だ』とか『安心しろ』とか、宥めるような言葉には弱くて
幼子のような涙目で オレに 縋み付こうとしていた。
 
 
 
彼の“祈り”を知ったのは ハンター試験の頃ではあったが
間近でそれを見聞きしたのは その日が初めてだった。
祈る彼は、“神聖なオーラ”に包まれる。
その日一日の出来事をポツポツと語り、形式的な動作を繰り返し、そうして彼は“神の加護”を受けるのだ。
 
 
 
 
 
今日も祈りの日課を終え、彼は ほぅと息を吐く。
「クラピカ、喉 渇いたろ」
「う…ん。少し、疲れたかな。」
…一日の癒しのハズの祈りで疲れるだなんて、とか。口には出せないけれど。
彼は果物が好きだ。水分補給を兼ねて、ヘタを取ったイチゴにコンデンスミルクを少量かけて彼に差し出す。
オレの指に直接 口を近付けて、彼は果実を受け取った。一瞬 覗いた赤い小さな舌が、艶かしい。
衝動に任せて軽く腕を引き、彼の体を腕に収める。
「…疲れちまったとこ、悪いんだけど」
オレのために もう少しだけ疲れてくれるか、と耳の内へ言葉を吹き込んだ。俺の家に来る時は彼自身もそれを覚悟しているだろうから、俺から躊躇うことはしない。
 
 
 
 
 
―――以前聞いたところによれば
彼が殺したと言う その旅団員は“クルタ族は強かった”と、そう言ったらしいが。
彼はその意味を分かっているのだろうか。
旅団は、当然ながら念のスペシャリストだ。ならば彼らに手強いと言わしめたクルタ族も、ある程度の念能力を使えたハズなのだ。
何故 クルタ族である彼は、念の存在すら知らなかった?
 
 
 
 
『神よ』
 
彼は頻繁に祈る。
 
『我が主よ』
 
顔前に手を組んで
今日一日の出来事の話、神へ捧げる言葉、それから黙祷。
 
クルタ族の日課だったのだと、そう彼は説明する。
『殊に族長が祈った時は、輝く大きな十字架が現れたんだ。それは何度見ても不思議な光景だった…』
 
彼は未だに気付いていないのだろう。そして、気付くべきではないのだろう。
捧げの言葉を発する時は『練』。黙祷の時は『絶』。
クルタ族の“祈り”は、無意識の念の修行。
―――――無意識が故に、旅団には敵わなかったようだが…。
輝く大きな十字架というのは、具現化能力だろうか。そういえば、念の属性は遺伝的なものが多く関わると聞いた。
 
 
 
―――― “神”なんかに、何が出来るよ?
祈る彼を見るたび、胸の内で毒付く。
毎日の出来事を“神”に聞かせたところで何になる?
言葉を捧げる事に何の意味がある?
お前 一人だけ生き残り 痩れゆくことすら、神よりの試練だとでも言うつもりか?

唯一の“神”の証だった十字架すら、恐らくは念にすぎなかっただろうに。
 
 
 
 
「あ…」
未だ彼は、服を剥がされるだけで泣きそうに顔を歪める。
それは仕方のないことだと割り切るフリをして、俺は胸や首筋を 軽く啄ばみながら、唇を少しずつ下方へ移動させていった。
「ッ!? な、何…ッ」
彼の芯へ唇を宛がおうとすると、彼はビクついて身を引こうとした。逃れられぬよう両手で引き止めてから、彼の顔へ向き直る。
「嫌か?」
「…嫌…というか、……」
まだ手淫しか経験させた事のないそこに、まさか口で触れられそうになるとは予想も付かなかったのだろう。
困惑しきった瞳が、オレを見つめている。
そちらは ひとまず諦めて、もう少し下方へと顔を下げていった。太腿から膝へと 舌先でなぞり、足の甲へと口付ける。
「…っ」
そのまま、左足の親指を口に含んだ。十分な時間をかけて しゃぶり上げ、他の指にも同じように繰り返す。
抗っていた足も徐々に大人しくなっていったが、最後に足の裏を舌で擽った時には ピクリと跳ね上がった。
「クラピカ」
一度 声をかけてから、先程 諦めた箇所へ もう一度 顔を近付ける。
「あ…だ、だけど、そちらは…」
怯えるという表現には当たらないが、それでもまだ彼は不安そうに身動ぐ。
こんな時、オレはただ囁くのだ。
「…大丈夫だから」
ピクンと、一瞬 動きが止まる。その隙に、オレは彼自身を口に捕えた。
「!! あっ…」
両手で押さえ込んでいた足が、最後の抗いとばかり、無駄に暴れた。
 
 
裏側を舐め上げ、吸い上げて。じっくりと嬲り上げてから 一旦 唇を離す。
その頃には彼はもうこちらを見る余裕を失い、声を漏らさないようにとギュッと目を閉じ片手で口元を押さえていた。
その欲望の先端に そっと舌先を伸ばし、クリリと押してから 白色の涙を掬い取る。
「んっ、ん…」
相変わらずの両足は オレから逃げようと時折 暴れているが、これは抵抗というより、刺激を堪えきれないだけだろう。
「っあぁ…ぁ…」
もう、絶頂が近いらしい。口内で快感の波を起こしてやるたび、足が引き攣って震える。
終わりを求めて悶え、無意識に半身を揺らす。
最後の刺激は、わざと与えない。決してオレに懇願しない彼が、焦れて泣き出すまでは。
「…ふっ、うぅ…ッ」
ギリギリの状態を保たれるのは、かなり辛い。時間をかけられれば かけられるほど体は熱くなり、だけど解放の糸口を与えてもらえない。
必死で唇を噛んでいた彼も、やがて涙ぐむ。ほとんど理性は残っていないだろう…もう十分か。
「ん、んぁっあ―――――…」
括れに数回 舌でリズムを与えると、彼は簡単に果てていった。 
 
 
 
 
 
 
「なぁクラピカ、お前は神を…」
信じるのか?
毎日毎日、それは熱心に祈っていたクルタ族は、お前を残して滅んだのに?
“神”は、救ってなんか下さらなかったのに?
「神を…神に、これからも祈り続けるのか。ずっと」
今考えると、我ながら マヌケで無粋な質問をしたものだ。
 
「…祈ることをヤメたとして。私は、何を頼りに生きていけばいい?」
 
 
彼が全てを失ってから、オレと出会うまでの約4年もの月日。
どんな思いで どんな毎日を過ごしていたのか、聞くことも想うことも できないけれど。
その間、彼は毎日 祈り続けたのだ。辛いことも悲しいことも、“神”は全てを受け止め、彼を支えていた。恐らく一番辛い時期を、彼はそうして乗り越えた。
 
 
 
 
 
 
―――― “神”なんかに、何が出来るよ?
祈る彼を見るたび、胸の内で毒付く。
―――― 私は、何を頼りに生きていけばいい?
毒付くたびに、かのセリフが思い返される。
 
なぁ例えば、
 自分自身を信じろ  とか  そんな ありきたりなセリフは
誰の口からも言えやしない。
 
幼い彼を 襲った悲劇
孤独で純真な彼を騙し 無体な真似を働いたであろう人々
復讐 それ以外の全ての雑念を拒絶するよう作られた念能力
殺した相手の一挙一動 全てを忘れられないほど 弱い彼。
 
自分自身の弱さをゴマかす事で 耐え抜いた毎日。
だからこそ 自分よりも何よりも 神を信じて 祈った毎日。
 
“神”が彼に何をしてやったかなんて、オレには分からないけれど。
少なくとも…祈りは、彼を強くした。復讐の一端を、遂げられる程に。
 
 
 
なぁ例えば、
 オレを信じて  とか  そんな ありきたりなセリフは
まったくもって 誰の口からも言えやしない。
 
 
 
 
 
仰向けの体勢のまま、体を慣らすために指を埋め込む。
以前 一度だけ、裏向けの方が負担が かからないからと説明して、うつ伏せにさせた事はあるのだが。
終始ガタガタと震え 嫌がり続けて、とうとう泣き出して。結局 指で慣らすまでに止まり、とても挿入には至らなかった。
顔が見えないのは嫌だと、その時 聞いたのだったか。
「レオ…リオ……っ」
「ん。…大丈夫だから、な」
呪文のように口にして、ゆっくりとオレ自身を準備する。
ふと、彼の腕がオレへと伸ばされる。
宥めるように、その手を取って口付けて。ゆったりと抱きしめる。
「我慢してくれな。ちょっとだけ」
オレの背に頼りなく縋み付く腕が、少しだけ強張る。ぐいと腰を進めながら、オレも懸命に、彼の背を擦ってやった。
 
 
 
今日もまた、行為の後に
クラピカは淡々と、過去の事実を 言葉にし続けるのだろう。
そこに、辛かったとか苦しかったとか、感情は一切込められないのか。

辛ければ抱きしめてやれる。苦しければ慰めてやれる。悲しければ泣き場所になってやれる。…のに。
 
 
「レオ…リオ、あっ」
腕の中で微小ながら涙する、その体躯は今日も か細い。
必死になってオレの背に爪を立て、オレの肩に噛み付く彼。
その世界に、今 頼れるのは オレ一人だろう。
「……“大丈夫”、だから」
少なくとも…今だけは。
 
 
 
 
 
タイムマシンでも使えるなら、過去に帰ってまだ幼かった彼の拠り所になってやるのに。
それは所詮、叶わぬ夢だ。
 
せめてオレは
温もりを与えてやって
言葉をかけてやって
涙が零れれば拭ってやって
 
“神”には出来やしないことを 少しずつ。