孤の葉の宿願

…頭がぼぅっとする。
選び抜いたように快感だけを与えられた体は、行為の後もその余韻に感覚を奪われる。
「クラピカ、大丈夫か?…起きてるか?」
耳元で囁く声。…髪を梳く指先。頬に触れる唇。
温かく包まれながら、仰向けに寝転ぶベッド。
心地よいほどの気怠さに身を任せてしまえば、目を開ける事すらも億劫で。
半ば放心状態の私を、彼は真っ白なシーツで包んだ。
「先に、シャワー借りるな。…やっぱ、泊まってくコトにするだろ?」
ちょん、と額に降りたキス。

いつもそう。
彼は、壊れ物を包むかのように私を抱く。



   ────壊してくれたって、構わないのに。










全てを失った ()の遠い日。

      ねぇ、なんて場違いな君。
      どうしてココにいるの?ココは無念の溜まり場。


 失われなかったこの体に。

      次は君の番。 次は、君の番。
      だから安心していいよ……


だけど風は吹かなかった。私にだけ吹かなかった。
 せめて その無念を晴らすために生きよと、胸の内が告げた。







仕事の合間に立ち寄った家。
部屋に案内され、柔らかなソファーに腰を下ろす。
「ナンだよ、泊まってけよ。せっかくの休暇だろ?」
「違うと言ってるだろ。5日間を予定した出向き仕事が3日で終わったから、2日余ったんだ。だから、休憩も兼ねて寄っただけで」
「だから、2日余ってるなら泊まってけるってコトじゃねーか」
「早く帰るに越したコトはない。」
レオリオの注いでくれた紅茶を、半分ほど飲み干した。猫舌の私を気遣ったそれは適度に甘く温かく、疲れた喉に染み渡る。
「早く帰りたいなら、どうしてオレん家なんか来るんだよ」
「それは…」
スネたような台詞に つい微笑いながら、残りの紅茶を飲み干す。
「…私も懲りないヤツだって事だ。」
「どーゆー意味だよ、ソレ」
苦笑した彼に、礼を言いながらカップを返す。返そうとした。
しかし彼の左手は、カップではなく…それを持つ私の右手首を掴んだ。
思わず彼を見上げる。ソファーの上、私と彼との距離は いつの間にかギリギリまで縮まっていた。
奪われたカップが、トン、と机の上に置かれた。
「足腰立たなくなるぐらい、ヤってやろうか。そーすりゃ、滞在期間 延長だよな?」
少し目を細めて、彼は私の顔を覗き込んだ。その両腕は既に、私の腰やら背やらを撫で始めている。
私は静かに目を伏せた。
「…お前のしたいように、しろ。」
背から頬へ滑った手に、顎を持ち上げられる。慣れた温もりは、間もなく訪れた。
絡め取られ、吸われる舌。そちらに神経を奪われ ふっと力の抜けた私の背は、頑丈な腕に支えられた。
自動車のシートを傾けていく時のように、そのまま少しずつ…体が倒されてゆく。







壊れてしまった みんなみんな。
          ────ドコに何が残った?
 動かない 冷たい体
 崩れてく 焼けた家
 奪われて 虚ろな眼
 倒れてく 破れた木

壊された 何もかもの塵の中で。
          ────ココに私だけが残った。
壊れてしまった みんなみんな。
          ────壊れてしまえ。
私の体も
  ──その結末を…







服を全て取り払った後、彼は私を寝室へと運んだ。
ソファーよりもこっちの方が柔らかいから、と。
…足腰立たないほどにするんじゃなかったのか。そう聞いたら、それぐらいヨクしてやるんだよ、と私を抱き竦めた。
「このまま。」
彼は、独り言ちるかのように口にした。
「腕にギュッて 力入れたら、壊れちまいそうだよな。」
「…脆そうに見えるのか?」
「ん、いや…どうだろうな。脆いっつーか、繊細っつーか、な。」
言葉も曖昧に濁ったまま、体はベッドへと横たえられた。








───どうしてそこにいるのかも分からない。
枯れ木に一枚だけ残った葉は
それでも枝に縋み付くのか
不安定に揺られながら
 終止符代わりの風に打たれ 地に果てる
 その闇は安らぎ 仲間の元へ向かう安堵の
それでも枝に縋み付くのか…。






耳にかかるのは熱い息。
冷たくなりかけた私の体も、彼の手の触れた場所から火の付いたように熱を持つ。
決して性急ではない行為に全身を包まれて、徐々に高みへと導かれる。
「ん…」
辛抱強く私を慣らしていた指が、ゆっくりと引き抜かれた。
同時に、聞きなれた台詞が耳元で囁かれて。頷く代わりに、私は右手でシーツを掴む。
気付いた彼は微笑して、私の指をシーツから剥がし 彼の左指へと絡めた。
もう一度、さっきと同じ台詞。そして、足を持ち上げられた。

彼は嘘つきだ。
意地悪を言った その唇は、全く正反対の意思でもって私に触れる。
好きにすればいいのに。お前の好きに。

「…っは…ぁ……ッ」
穿たれた部分は熱く私を乱し、世界がグルグルと回った。
飛んで行きそうになりながら、だけど私を押さえ留めようとするのは指に絡む彼の手。
 宙に浮かされた足。シーツに足先を突っぱねるコトも出来ない。
 組むように抑えられる手。何かを掴むコトも出来ない。
ごまかせない熱さは行き場もなく、すべて私の内で回る。
撫でられ、守るように抱き込まれながら。
彼の肩口に頬を寄せ、私は少しだけ、泣いた。







───どうしてココにいるのかも分からない。
枯れ木に一枚だけ残った葉。

やがて酷薄な風がこの身を終わらせる。
 今まさに私を侵しているのかもしれず。
失ったモノは帰らない。
 池に揺蕩い 沈みゆく葉は朽ち果て。
 時がくるまで枝を離れられぬ葉の
居場所がない。
せめて無念を晴らすことが せめて救いになるけれど。



 だから 君のその手で。

  壊してくれたって、構わないのに。