シャワーを上がり少し大きめのバスローブを借りて、部屋へ戻る。レオリオは無聊を慰めるべく寝台でゴロゴロと転がっていた。多少だらしないと思わなくもないが、咎めるほどでもないか────ここはレオリオの家なのだし。
「シャワー、借りたぞ」
「んー」
レオリオは ごろんと向きを変え、こちらを見上げてくる。
そしてパチパチと瞬きの後、何気なく ぼそっと言ったのだった。
「なー、クラピカってさー。食事はちゃんと摂ってんのか?」
唐突な質問に面食らう。
が、この気質の良い医者志望がさりげなく私の体を気遣ってくれるのは常のことだ。今回もそれかもしれないと思い、訝しみながらも答えておく。
「ああ、まぁ…お前の家以外でもそれなりに。」
「じゃ、睡眠時間は」
「…ここ暫くは仕事もスムーズだったからな、生活のリズムは保っているつもりだ」
あくまで さりげなく私の健康状態を把握しようとし、そしてさりげなく食事に気を回したり就寝時間を調整したりと世話を焼いてくれるのがレオリオだ。
…だが、今日のは普段と違う。
まず、聞き方が全くさりげなくない。むしろ わざとらしいほどにストレートで唐突で適当だ。
加えて、私の返答を確認した医者志望は深く溜息を吐いている。はあぁ~~~、と大袈裟に。
一体なんなんだ。
「言いたいことがあるなら、もったいぶるな」
「うーん。はっきり言っていいのか?」
「言え」
「んーとさー。たまにはお前から誘ってほしいなーとか思ってるわけよ、俺」
きょとん、と彼を見返す。
間もなく“誘う”の意味を理解して、カッと顔が火照った。いけない。こんな表情をレオリオに見られるわけにはいかない、いやしかし脈絡なく突然そんな話を切り出されたら誰だって
「クラピカ、顔真っ赤ー」
「なッ」
脈絡なく突然そんな話を切り出されれば誰だって羞恥を煽られもするだろう!
いや、とにかく落ち着かなくては。レオリオはこの手の話では妙に調子付くから、冷静にならなければ罠に嵌められる。
「それで、夜の話と睡眠・食事に何の関係があるんだ」
「…人間の三大欲の優先順位が、睡眠欲、食欲、性欲の順だって聞いたから」
「?」
「睡眠欲と食欲が満たされてないせいで、クラピカは性欲が沸かないのかなーと」
だから誘ってくれないんだろ、とこちらを見上げてくる。
恐らく医学系の本の隅にでも記載されていたものを用いて屁理屈を捏ねているのだろう。
「…お前、それ以外考えることはないのか」
「クラピカ、俺とするの嫌い?」
「人の話を聞け」
「嫌いじゃねーなら、たまには誘ってくれよー」
「馬鹿。もう寝る」
レオリオがポンポンっと自分のベッドを叩く。
「寝るならこっち、こっち来いよ」
無視してさっさと隣のベッドへ横になる。
…誘ってくれ、なんて言われても困る。嫌いじゃない、嫌いじゃないけど…
「つれない奴だなー、クラピカ」
「…わっこら! 重いっ」
レオリオが背後から圧し掛かってくる。
…まずい。これはつまりアレだ、いつものパターンだ。済し崩しに情事に縺れ込まされてしまう。
「今日も俺から誘わなきゃだもんなー」
「重い! これのどこが誘……、っ」
バスローブを引かれ、曝け出された首筋を舐められる。
「ちょ…何をいきなり…」
「嫌いか? こういうの」
「…っ、……ん…」
「気持ちいい?」
耳に吹き掛けられる息。くすぐったさに身を捩るも、体は彼の両腕で既に拘束されている。
調子に乗ったか、レオリオの腕は私の体を少し浮かせて、バスローブを取り払い始める。
「なっ…やめないか!」
背後から抱き竦められた不利な体勢では、思うように抗えない。それでもせめて、じたばたと抵抗の意を示した。
…時々、これで良いのだろうかと悩むことは確かにある。
私はあくまでも嫌がっていて、だけどレオリオが力尽くでくるから仕方なくて、無理矢理されるから逃げられないってだけで。いつもそんな都合の良い免罪符をもらえるから、私は自分からレオリオを誘うことなど決してない。
なんのことはない、自分からねだるだなんて そんな羞恥に耐えられないからだ。
だが、レオリオにとってそれでは不満なのだろうか。
「あ───…はっ……」
胸先を爪で引っ掻かれる。全身の力が抜けそうになって、慌ててシーツを掴んだ。
しつこく何度も何度もレオリオの指はその部分ばかり往復する。切ないような感覚が背筋を走り、全身が変になりそうだ。
「いい?」
耳に舌を這わせながら、低い声が囁く。
今日もまた、レオリオのペースだ。下に移動していく手のひらを、どうする事も出来ない。
「さ、触るな…」
「もう硬いくせに」
「! あっ…ん、あ───…っ」
触れられる。触れられて、扱われる。
根元から括れを柔らかく擦られ撫ぜられて、じわじわと体に熱が灯っていく。
「クラピカ、どんな風?」
「知るか…っ」
優しいだけの弱い刺激に声を出すのも悔しくて、じっと唇を噛む。レオリオは暫くの間やんわりと私を弄び続けたが、不意にぎゅっと先端に爪をかけた。
「あっ、あぁッ…う、あ、」
それを合図に、与えられる刺激全体が強くなる。指の腹で括れを擦られ、先端を引っ掻くついでに蜜を掬われ、ぬめらせた指でまた擦られる。
「うぁっ…ン、やめ─────…っひあぁ!」
レオリオの腕の拘束は強く、逃げられない。
シーツを両手で掴み締めても、抑えられない声。いつもはもっと緩やかに高め上げられるのに、今日は性急で心身が追いつかない。
「んっ…あ、はっ」
またリズムを変えて扱かれる。
熱は溜まっていく一方だ。限界が来る、このままではもう…
「────────…っ、…?」
駄目だ、と思った瞬間、レオリオの手は離れていった。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。私の体は、このまま頂点まで導いてもらえるものと信じきっていたのだ。
中途半端に昂ぶらされた中枢が、解放できなかった熱を持て余している。
「クラピカ…、いきたい?」
「っあぁ…っ」
カリリと先の方を引っ掻かれて、また一瞬熱が浮上して
…だけど満たされないままに落ちていく。
「やっ…何…」
「気持ちいい? どんな風?」
「あっ…あっ、や、」
くっくっと また二度ほど扱かれて、すぐ手を離される。
もう少しで達しそうなギリギリの所で止められて落とされて、頭が痺れそうなほど熱い。
「レオリオ…っ」
「どうしてほしい?」
唇に耳朶を挟まれる。それだけの刺激でも、解放を望む体はひどく疼く。
「っう…」
「ほら、たまにはお前から言ってみろって」
「あ、あ」
また指先で何度か突付かれ、絶頂の瀬戸際まで追いやられた。そしてまた、焦れったい余韻を残して波は引いていく。
「気持ちいい? クラピカ」
「~~─────…っ」
今度は、胸先を掠められる。求めている刺激とは違う切なさが全身を巡った。
いっそ、自分でしてしまえたら。浅ましい思考が過ぎり、慌てて首を振る。出来るわけがない、レオリオの目の前でなんて、そんな。
「ああっあ、…ん、ん……っ」
また触れてきた指が、強く上下する。今度こそ達することが出来ると思ったところで、タイミング良く離れていく指先を追いかけそうになった。
耳の裏側に、ざらりと舌の感触が滑る。
「気持ちいい?」
「はっ…あ、」
「正直に言ってみろって」
息が荒い。熱い。
…楽にしてもらえるなら、と思った。
性的な事柄を口にするのは抵抗があるし、ましてやレオリオにそれを言いたくはなかったが、今ばかりは仕方がない…言うしかない。
「…………、いい…」
「じゃ、どうしてほしい?」
更なる恥辱を煽る声に、ぐっと唇を噛む。
だが、もう今更だ。それぐらいの言葉なら、それで楽にしてくれるのなら。
「──────…して…っ」
ようやくの小さな声は、レオリオに無事届いたようだった。
きゅ、と握られる感触に、また声を上げる。
「あっ…あ、はぁっ…」
ようやく与えられた感覚に、体が震える。高められて待たされていた分、あっという間に全身に熱が回る。
レオリオの指に合わせて揺れそうになる身を抑えるため、ぐっと足に力を込めた。
もう少し。今度こそもう少しだ。
「ん、ああぁ…っ、あ、…んっ……!?」
達すると思った瞬間、根元をキツく握られる。突然の痛み、塞き止められた快感の波。
「な、クラピカ」
涙が滲む。
「俺とこういうことするの、好き?」
正直にコクコクコクと頷いた。
早くしてほしい。こんな状態では、どうにもならない。
「んっ───…、あ、んあ、ひぁっ」
再び手が動かされる。今度こそ期待しても良いのか、それともまた苦しめられるのか、分かりもしないのに体が一時の快感を喜ぼうとする。
容赦ない動きは今度こそ確実に私を追い詰めようとしていた。早いリズム、先端を引っ掻く人差し指、括れを横に擦る親指。
襲ってくる波に私は無意識に抗い、背を反らせて首を振る。
「クラピカ、…好き?」
「あっ……あ、んあぁ、あぁ────…っ!」
吹き込まれた熱い息に脳が痺れ、同時に強く爪を立てられた瞬間、
────体は昇り詰めていた。
ぐったりと全身が沈む。限界を迎えた直後の体は、気怠い。
レオリオは私の状態などお構いなしに、足を持ち上げ、後ろへ指を宛がってくる。
「う───…んっ…」
一本を挿れられて、感覚に身を捩った。
動きたくない。疲れているのに。内部で指が揺らめくから、私は喘がされ、悶えさせられる。
「きゅう…けい、させて…」
力なく訴えるも、呆気なく却下された。
「ムリ。…俺の方が、もう限界」
今夜はゆっくり休むつもりだったのに。
じろりとレオリオを睨むも、「疲れた分、よく眠れるだろ?」などと しれっと言い放つのだから質が悪い。
「まぁいいけど。…今日の…ああいうのは、二度とするなよ。───無駄に疲れるから」
うん、“疲れるから”は それなりに妥当な理由だろうと思う。(恥ずかしいだとか辛いだとかは言いたくない。)
今日のあれは、ただの意地悪でしかない。強制的にあんなことを言わされるのも、二度とゴメンだ。
「でもよー、あれはお前が悪いんだぜ。元はと言えば」
「私に何の非が」
「だってお前、自分から誘ってくれねーし」
「!」
そういえば、そんな話もあった気がする。
それは私も悪いかもしれないが…いや、それはそれ、これはこれだ。
「…誘う誘わないの問題で、あんな意地の悪い行為をするのかお前は」
「それだけじゃねーもん。お前、気持ちイイとすら言ってくれないし」
「そ…れは」
「好きかって聞いてもゴマかすしー。」
“言う必要がないから”“そんなに好きってわけでもないから”“馬鹿馬鹿しいから”“言う余裕がないから”
…いろいろと言い訳を考えるが、どれも今一つだ。かといって正直に答えられるほど、こいつに対してプライドを低くするのも癪だ。
「いっっつもそんなんじゃ俺だって不安になるわけよ。だったら、ああやって聞き出すしかねーじゃん」
すがすがしそうに不満を口にする彼に対し しかし私は為す術もなく。
「…寝る」
一言の後、背を向けた。
「そーいう態度なら、次もこんな感じでするけど。いい?」
「!」
恥ずかしいから言えないだけだ、と正直に伝えるかどうか迷いに迷って
プライドに負けた。
(ああもう、次が恐い)