体を純白に収めてもまだ、息の荒さは収まらない。
もっともそれには、繋がりを解いた後でもなお繰り返す唇の触れ合いという明確な原因があったが。
ふわふわと舞う現実をかき集めれば、
緋い宝玉も、瞼に隠されながら未だに細い川を生み出し続けていた。
先ほどから何度も舌先を用いてその流れを塞き止めていたのだが、それでも泉の尽きる事はなかったらしい。
今一度 舌を使えば、薄い海の味。

行為の最中、耐えかねて溢れる その川を目にする度に、自身の自制力の無さを思い知らされる。
もう少しゆっくりとか、もう少し優しくとか、そんな言葉が精神を侵食するも 本能には及ばない。
結果、欲望のままに貪りながら 無意識にも罪悪感から逃れようと、苛みの水分を舌で掬い取るという行動に帰結するのだ。
激しさは一向に治まらず、川は止め処なく流れ、その度に舌を用い、その繰り返し。

次の機会にも同じ粗暴をしてしまうのだろうと予感はありながらも、行為の直後には、こうして残りの雫を舐め取りながら猛省する。
シャッターの下から件の宝石が現れる頃には、緋は通常の色に戻り、呼吸も落ち着いていた。

「……コルチゾール」
「へ?」

ぽつりと紡がれた、耳慣れない単語。
乱れ終えた寝台において似つかわしい響き、とは言い難い。

「涙に含まれる成分の一種だよ。そもそも涙とは、極端に感情が変化したために起こる身体への急激な負担…つまりストレスを軽減するためのものだ。“コルチゾール”というのはストレス物質でな、これを涙に溶かして流す事で気分が和らぐらしい。それ以外にも、涙には脳から分泌されるプロラクチンや副腎皮質刺激ホルモンといった免疫系に影響する物質が関与して……」

なんのことだか分からないが、とりあえず、クラピカお得意のうんちく講座が始まったらしい。
興味のない俺にはどうでも良い話ではあった ( というか、事後の甘い時間を堪能したかったのだ ) が、
恐らくこれは長い前フリで、突然こんな事を話し出した理由は本題に入るのを待てば分かるだろうとも思ったので、ふんふんと頷いておく。

「つまり“涙を流す”というのは、乱れた心身を安定させるための本能的な行為であるわけだ」
「ふむ」
「うん、だからな、涙というのは感情が昂ぶってるから流れるわけであって…」

つと、決まり悪そうに視線がそらされる。

「だから、その…辛いとか苦しいとか、そういうわけじゃないから……」
「……あ…」

ようやくながら、俺はその真意を理解した。
ゴニョゴニョと口篭ってしまったその顔は、心なしか少し赤い。

「あー、つまりクラピカ、その……
 ―――――泣いても気にするなって言いたいのか、もしかして…」
「…だってお前、気にしすぎだ。いつも舐めて掬ってるだろう。あれ、気恥ずかしいから よせ。
 大体、せっかく流れるはずのストレス物質をお前の中に溜めてどうする」

つっけんどんな物言いも、甘い睦み言にしかならない。

「…なんだ、人の顔をジロジロ見るな」
「いや、お前のそういう表情って貴重だから、つい…―――痛っ!」

勢いよく肘テツを喰らったが、それでも恥ずかしいのか、顔を合わせようとしないのが愛しかった。


どう言われてもやっぱり、泣かせないに越した事はないのだけど。
その雫を見る度、罪悪感と同時に沸き起こる甘い誘惑に 溺れてしまいそうだ。