模倣体の夢

母さん、誰を抱いてるの。
母さん、それは…誰?
 
コレが私の、私自身の、イチバン最初の記憶。
 
 
 
 
 
 
その日、クルタの民は絶滅したのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
目が覚めると そこは四角い箱の中で。
どうしてそこにいるのだか、全く覚えが無かった。
この小さな一室は…
 
(───確か、父の研究室のハズだ…)
 
周囲を窺おうにも、薄暗くて何も見えない。
人の気配はない。物音一つ、無い。
とりあえず外へ出ようと立ち上がった。
ふと、目の前に鏡を見止める。
見覚えのある顔と 親譲りの金髪が、鏡の中で揺れているのを見て。揺れて……
…頭が ぼうっとする。クラクラして、焦点が合わない。
今まで眠っていたからとか、立ち眩みがしたのだとか、そんなものにも似てるけど。
おかしいんだ。何だろう?
今日が何月の何日であるのかすら、覚えが無い…見当も付かないなんて。
今まで何をしていたのか。昨日は何をしていたのか。
だけど、それを不思議だと感じるための思考さえも、マヒしたように働かない。
ただ 形式的な動作をするかのように、手はその部屋の扉を開けた。
 
目の前に広がったのは 見知った土地の 見知らぬ光景。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
──── それが、5年ぐらい昔のコトだ。もう 私は17歳だったか。
この身体が成長なんてするのだろうかと 危ぶんでもいたけれど、無事に身長も伸びたし、体格もそれなりに変わった。
もちろん、自分の体がどうなろうが、そんなコトはどうでも良かった。
私は、唯一つの目的さえ果たせれば…良かった。
どうして今頃、こんな事を思い出したのだろう?
この数日で、凝縮したかのように様々なことがありすぎたせいかもしれない。
 
「明日は仕事に戻る、だ!? お前…本気かよ?」
レオリオは、心底驚いた表情(かお)も隠さないままに言った──布団に座っている私に向かって。
9月。この数日の間、実に様々なコトがあった。
あの団長に 鎖も刺せた。私の目的は、これで某かの発展を得たハズだ。
「昨日まで、高っけェ熱に魘されてたクセによー…。お前、自分の体を何だと思ってんだ?」
その声は口調ほど怒った様子はなく、むしろ呆れたような溜息混じりだった。
「別に…何とも思ってないさ。」
でも、私には休むヒマなんて無い。
目的を…唯一つの、目的を───
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
その日、クルタの民は絶滅したのだった。
目の前に広がったのは、見知った土地の 見知らぬ光景。
クルタ族の暮らす、美しい土地の木々や家々の。
焼け野原と化した、悪夢のような景色を背景に。
 
同胞たちの死体死体死体死体死───……
 
私は、フラリと歩き出した。
コレを現実として受け止めるために、確認した。
よく見知った 顔 顔 顔 の、
瞳も無く 無機質に転がる現実(さま)
怒りより何より…ただ、信じるコトが出来なかった。
 
どうして、皆が倒れているのだろう。
 
 
どうして、
 
私が倒れているのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
─────私?
 
 
 
 
スパンと、意識が覚醒しようとしている。
思い出さなきゃ…何かを 思い出さなきゃいけない。
今ココに立っている私と、目を抜かれ倒れ伏す『私』…コレは何?
心臓がバクバクと騒ぐ。
誰? この子は誰?
母さんに抱かれてる、この子は誰?
 
私は───誰?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
パンッと弾けた。
そして思い出した。
 
 
 
今日が何月の何日か、なんて 私が知るハズもないのだ。
だって、昨日の記憶も 一昨日の記憶も、全部『この子』が持っているのだから。
 
クルタ族は、その特質の一つだろうか───知能的に秀でた者が多かった。
自然を好んで生活していたものの、科学は一般より発達していたと言っても良い。
 
父の研究内容を思い出した。クローン技術…。
成長過程を経ることなく、直接 被写体と同じ年齢のクローンを創る…記憶や性格すら完全に移転する…全くの同一人物を複製する技術。
私が目覚めたのは、父の研究室の四角い箱の中。そして、私の記憶は……父に頼まれ、クローンの被写体として体細胞を提供したトコロで止まっていた。
私にコピーされた記憶は、そこまでしかなかったのだ。
 
 
悪夢のようだと思わせて、実は本当に悪夢なんじゃないかとも思ったけれど。
悪夢のような…現実だ。
 
 
倒れている『私』。今の私と同じ服を着て。
母さんに しっかりと抱きかかえられながら伏すカラダ。
眼は無い…母さんにも無い。
ぐったりと力無く 眠る親子。
 
 
 
父を、恨みはしない。コレは事故。
だって父は、『私』のコピーは決して目覚めさせない と言った。
所詮は自己満足の研究だから。
最後の最後、熱処理を施すまで、コピー体の意識も自我も覚醒しない。だからその前に、処分するつもりだと。
 
旅団が…アイツらが、ここら一帯を焼け野原にした。
処分するハズだった父も亡く “熱処理”されてしまった私は
場違いにも立ち上がり…ココに居る。
 
 
 
母さん、誰を抱いてるの。
母さん、それは…誰?
 
それが イチバン最初に 私自身の脳に焼き付いた感情。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「クラピカ、…お前は本当に強いって、オレだって認めてるぜ。才能だって有り余ってる。」
それを全部 旅団に向けて使ってしまったのが惜しいほどだと、付け加えて。
レオリオの言う『才能』は。
本当は、誰のものだったのだろう?
私?それとも…『私』?
“クラピカ”が持っていた才能を使って得意になっていたとしたら、それは滑稽なコトだと思う。
「でも…いくら強くたって、大事にしろよ。…お前の体なんだからさ」
声のトーンを変えて、そう言葉が続く。
私の、体。
「…別に。」
(なに)ともなく。
「どうでもイイさ、自分の体なんて。」
捨て鉢な言葉を発して、だけど投げやりになってるワケじゃない。
本当に、どうだっていい。
体なんか。自分なんか。
「大切になんか思ってない。…誰も」
 
 
生まれてきたいと願って生まれてきた人間なんて、いない。
生まれたばかりの赤ん坊は泣き喚く。それはこのツラい世の中をこれから生きていかなければいけないからだと、どこかで聞いた。
でも。 生まれたかったワケじゃないなどと叫ぶのは幼稚だ。
たくさんの人間に慈しまれ、育てられて、それでもそんなことを言うのは幼稚だ。
感謝しなければいけない様々を知らない子供が言うコトだ。
 
自ら望みはしない“生”。誰だってそれを持って生まれる。
 
だけど…望まれない“生”は…違う。
 
 
 
 
私は持った。唯一つの目的を持った。
 
誰も望まなかった 私の目覚めを思えば。
 
 
 
 
 
「“誰も”? ホントか…?」
復唱されてしまえば、それは何故か空しい。
分かっているハズなのに。…誰にも、望まれていない自分。
望まれた“生”ではなかった。事故だったのだから。
「…さぁな。」
おざなりな返事。
だって、こんな私。大切に思ってくれる人間なんて、いやしない。
存在を、必要としてくれる人間だって…
 
「ホント…しゃーねぇのな、お前って」
 
え、と顔を上げる間もなく、肩を押され 布団へと倒された。
…いや、倒されたというよりは 寝かされたような…ふわりと柔らかな感覚。
「実感させてやってるつもりなのにさ。こんなにこんなに、大事にして────…」
その手のひらが肌の上を滑るのを、暫く凝視(みつ)めて ふと目を閉じた。
 
 
…スローモーションの世界みたいだ。
甘くて焦れったくて、温かくて狂いそう。
 
 
彼の手と舌が、私の体を這い回る。
服を一枚残らず剥ぎ取られ…それこそもう、余す所無く。
「…ん……」
思わず声が漏れ、慌てて口を塞いだ。彼は私の膝を抱え、足の指と指の間に舌を差し入れている。
おまけに指を一本ずつ丁寧に舐められ、何とも言えない むず痒いような感覚に身を捩って。
そうして顔を逸らした隙に、彼の手のひらは また、“その部分”へ滑った。
「んっ…っ んッ」
予想も出来ないリズムで、彼の右手に扱かれる。
…彼は さっきから何度も、こうして私に触れていた。だが毎度(いつも)、私が達する前に離れていってしまうのだ。
ほんの少し悪戯しただけで ヤメてしまったり、散々 弄った挙句に 直前で放り出したり。
体ばかりが どんどん熱くなって、どこもかしこもが敏感になって…それを知りながら、彼は体中を撫で回す。
ずっと、この繰り返し。溺れてしまった子供みたいに、息は上がりっぱなしで。
温かな波間を揺蕩う感覚に 溶けてしまいそうになりながら、だけど辛くて堪らない。早く早く、決定的な何かを与えてほしかった。楽になりたかった。
だけど、何度目になるか分からないその施しは、また 私を頂点に導かないままに離れていってしまった。
「……あ…」
悲しいワケではないのに。…生理的に、瞳から雫が溢れた。
いっそ自分で触ってしまえたらスグにでも解放されると思いながら、そんな浅ましい真似が出来るハズもない。
「悪ィ。…焦らしすぎたか?」
少し焦ったような声が聞こえて、無骨な指が頬の雫を拭った。
そうして、宥めるように指は首筋を撫でて…私は首を振って逃れようとした。
そんな私の右頬に唇を寄せてから、彼はまた全身を撫ぜ始める。
火照って張り詰めた体は、ほんの少しの愛撫にも敏感に応えてしまう。苦しさに胸を喘がせながら、私は彼から逃れようと躍起になった。
「ひ…ぁ……ッ」
突然 湿った感覚に包まれて、眼を見張った。
彼の唇に、私のそれ自身を覆われていた。
「止…せッ! ヤメ、───…ッ!!」
足を開かれ、内太腿を押さえ込まれる。なんの抵抗も出来なくしてから、彼の舌は蠢き始めた。
「うっ…ん────ん…」
ねっとりと絡みつくような動きに、両手でシーツを引っ掴んで耐える。
濡れ始める先端に歯を立てられて、また声が上がった。
「待…って、レオリ…もう───あ、あ…ッ」
背筋がビクビク震え、その瞬間 私は解き放たれた。
 
「…気持ち良かったか?」
私の髪を梳く、大きな手。気怠い解放感と その心地良さが綯交ぜになって私を包む。
乱れきった息をどうにか整えようとしていると、ふと何か感触があった。
目を開けてみれば、彼が私に 布団を掛けたのだった。
「寝られそうなら、このまま寝ちまいな。」
私は驚いて起き上がった。
彼は…一方的に私を高めてはくれたが、彼自身がそれで満足なワケがない。
「でも、お前の方は…」
「熱で弱ってる体に、無理させるワケにゃいかねーって。オレは、お前が気持ち良かったならそれでいーの。」
「……」
「後でお前の顔 思い出しながら 1人でスルから大丈夫。…ホラ、明日は仕事に戻るんだろ?」
子供みたいに、頭を撫ぜられる。
どうだっていいのに。
体なんか…どんなになっても構わないのに。
でも私は、この声が嫌いではない。安心したくなる。
安心できるかのような気分にさせてくれる。
「レオリオ。…実感させてくれるって、言ったじゃないか」
私は、大切にされてるんだ、って。
望まれているんだって。意味のあるニンゲンなんだって。
「あのな…クラピカ。そんな事したらオレ、誘ってるんだ…って勘違いしちまうぜ?」
レオリオの首に腕を回すと、苦笑混じりの声が聞こえた。
「…たったアレしきで、実感できるワケないじゃないか」
そう呟いて、縋み付く手にギュッと力を込める。
応えるように、温かな手のひらが私の背を摩った。
「───あーあ。必死でガマンしてたのにな…」
言う唇ごと、彼の顔が近付いてきて。黙って目を閉じた。
 
クラピカ、クラピカ───
呼ぶ声が聞こえる。誰の声?誰の名…?
 
「──…ピカ?おい、クラピカ!?」
ハッと覚醒した。どうやら私は、挿入の衝撃に 意識を飛ばしてしまっていたようだ。
「良かった、気絶しちまったのかと思った。…続けても平気か?無理なら…やっぱ、抜こうか?」
黙って首を横に振る。
コトバが温かい。気遣いが心地良い。
淡い幻想を、まだ終わらせたくはなかった。
「…動くぜ」
一度私を抱き締めてから、彼はゆっくりと私を突き上げ始めた。
体が弱っているせいだろうか、何度か意識を失うような錯覚すらあったけれど。
彼の方が、辛抱強く私と呼吸を合わせてくれて…だんだん、快感の波に飲まれていった。
いつもそう、こんな風に大事にしてくれる。だから私はお前が好きだ。お前に抱かれるのが。
 
 
 
そうして、また一つ罪を犯す。
大切にされる 意味も理由も無いまま。
 
曖昧に縋っては、その度 夢は朽ちる。
私も朽ちる。
 
 
 
 
「…クラピカ…」
不意に動きを止めた彼は、強く強く、私を抱き締めた。
「ん…」
心地良さに酔い痴れて、私も彼を抱き返した。
荒い息もそのままに行うキスは、ただ喘ぎを伝えるばかりでもどかしい。
彼もきっと同じなのだろう。壊れそうなほど、一層 強く私を抱く。そして呼ぶ。
「クラピカ…クラピカ」
その名前は 私の名ではない。
だけど私の名前は、それ以外には無い。
…なんて矛盾だろう?
いつまでも続く無限環(パラドックス)を、ぼんやりと考えて。
「…クラピカ」
彼はまた、動きを再開した。
()いんだ。
彼が抱いているのは、確かに私だ。
名前は 私のものではナイのかもしれないけど
呼ばれているのは、私だ。
だって、
『あの子供』に、こんな行為は出来っこない。
あれから5年。私は成長したけど、『あの子』は成長しない。
そっと、彼の胸に頬を寄せる。
 
だけど…母が抱いていたあの躯は、
私ではなかった。
 
大切にして───
 
 
 
処分されるハズだったこの体は、何故 今ココに在るのだろう。
 
私の体なんかどうでも良い。
この場で朽ちるならそれも良い。
ただ私は、一生懸命に、ひたすらに、生きねばならないのだ。しかし、それだけだ。
 
同胞の無念を晴らす、その目的のためだけに生きる。酷使されるカラダ。
クルタの忘れ形見としてすら認識されない物体だとしても。
きっと かの『同胞』達も、…こんな ボロボロになったカラダを見れば、感情を動かされるだろう。よく頑張ったと、そう思ってくれるだろう。
…母さんも。
 
 
 
 
 
もう一度、キス。
慰めは温かくて。
いつまでもこの胸の中にいられたら、それはきっと幸せなコトなんじゃないかと
不意に夢を見たりもした。
 
 
 
 
 
誰のモノだか分からない才能も 誰のモノだか分からない感情も
 
全てを投げ売った
心まで血に染めた
 
 
 
 
(ただ)一つの目的。
 
どうか
 
  私に価値を────