「……今、何時だ?」
 ベッドで目を覚ますなり、クラピカは開口一番そう口にした。
 ヨークシンで発熱して目覚めた時と全く同じ台詞に、相変わらずな奴だとレオリオは内心溜息を吐く。
「午後七時だよ」
「何時間倒れていた?」
「安心しろ、あん時みてぇに丸一日経ってるわけじゃねーよ。寝てたのは五時間ってとこか」
 ここは十二支んの一員となったことで与えられた、ハンター協会本部内のレオリオの私室。倒れたクラピカは、そのレオリオの私室のベッドに運ばれ、およそ五時間もレオリオに見守られて眠っていたのだった。
 倒れた原因は、長時間の緋の眼の能力使用。ハンター試験においてビヨンド側の人間をふるい落とすため、ミザイストムの隣で絶対時間によるダウジングチェーンを使用していたところ、クラピカは突然に失神したのだ。
 倒れたクラピカを運び込もうにも、医務室や休憩室などでは好奇の眼に晒される可能性が高く、かと言ってクラピカの私室を意識のない間に勝手に開けるのは憚られ、結果、レオリオはこうして自らの私室を提供してクラピカを休ませていたのだった。
 現在時刻は午後七時。閉じたカーテンの向こうは、既に暗い。
 
「すまない、君のベッドを長く占領してしまったようだな」
「詫び入れるぐれぇなら、教えてくれよ。お前なんで、倒れるまで無理して能力使い続けたんだよ? ヨークシンの時と違って、休憩しようと思えば出来ただろ?」
 リアルタイムの面接ではなく録画映像を使用してのダウジングチェーンは、連続して行う必要はなかった。同室にいたミザイストムも、クラピカの疲労を察し、何度か休憩を勧めていた。
 それでもなおクラピカは休息を取ることなく絶対時間を発動し続け、結果として失神し、ミザイストムがクラピカの良き理解者であるところのレオリオを呼んで今に至るのだ。
 
「ヨークシンの時のような失神の前兆としての発熱がなかったため、問題ないと思っていた。使用する能力によって前兆は異なるのか……今回は緩やかに心臓あたりの疼痛が増していたな……。こうして失神することもあると経験できたことは貴重だ。だが手間と心配をかけたことについては詫びよう」
「いや、詫びはいいから、心臓が痛むのに休まなかった自分に疑問を持ってくれ」
 レオリオは溜息を吐き、思い出す。
 クラピカはヨークシンで発熱が引いた後も、見るからに体調不良の隈を張り付けたまま、すぐに仕事に戻っていったのだと。
 とにかくクラピカはあらゆることに関して、自分の体調は二の次なのだ。
「まぁ、五時間も昏睡してた奴にいきなり説教するのもなんだな。とりあえず水、飲んどけ」
「……ああ」
「起き上がれねぇなら、口移しで飲ませてやろうか?」
 レオリオの軽口に呆れたように首を振り、クラピカは上体を起こす。そして差し出されたペットボトルの水を、素直にコクコクと飲み下す。
「体は平気か? 気分が悪いとか……」
「問題ない。世話になったな。それでは私は仕事に、」
「はいはいちょっと待った」
 するりとベッドを降りかけるクラピカを、レオリオは両手で押しとどめた。
「もう少し休んでいけよ。五時間昏睡してたんだぜ?」
「一般的な体調不良によるものではなく、単なる念能力使用の反動だ。案ずることはない」
「鏡見ろよ、まーた目にクマ作ってんぞお前」
 軽い押し合いの末、レオリオは多少強引ながらもクラピカを元通り仰向けに寝かせることに成功する。
 続けてレオリオは、クラピカのドレスシャツのボタンを外しにかかった。なお、黒のスーツは昏睡していた時に既に脱がせてある。
「レオリオ?」
「強制メディカルチェック。仕事行くなっつっても無駄だろうけど、せめてその前にちょっと体見せろ」
 クラピカは眉を顰めつつも、「それで君の気が済むのなら」と了承する。五時間も看病させた負い目もあるのかもしれない。
 レオリオは遠慮なくクラピカのシャツをはだけると、顕わになった肌へと左の手のひらを置いた。
「ちょっとオーラ使うからな。警戒すんなよ」
 短く予告して、レオリオは手のひらから微量のオーラを放出した。
 そうして持続的な放出を続けながら肌を撫でることで、オーラの反射を利用して体の内部までもを確認していく。
 念能力を応用した複雑な触診に、クラピカは驚いたように少し目を見張り、それから優しく表情を緩めた。
「君なりに、オーラの使い方を考えたのだな」
「おうよ。けど喋らないでくれ、あんま慣れてねーから集中しねぇと」
 手のひらの位置を少しずつ変えて、レオリオは細い体に潜む雑音や違和感を探っていく。
 クラピカの体は、日々の食生活に指導を入れたくなるほど細い。だが最低限の健康管理は出来ているのか、腸や肝臓を含む内臓の動きは悪くなさそうだ。
 確認しつつ腹から少しずつ上っていったレオリオの手のひらは、しかし心臓の位置でピタリと動きを止めた。
「お前、これ……」
「……ああ、分かるのか」
 複雑な表情のレオリオに対し、クラピカはあくまで平然とした顔だ。
 レオリオが手のひらのオーラで読み取ったのは、クラピカの心臓に巻き付く鎖と、刺さる楔───クラピカの覚悟の証。オーラによる触診は簡易エコーのようなもので、その形が明瞭に把握できたのだ。
 もちろんその楔の存在は、レオリオもヨークシンで聞かされて知ってはいた。だが、周囲の血管をも巻き込み強く絡み付く鎖の様相は、レオリオが漠然と思い描いていたイメージよりも随分と痛ましいものだった。
 心臓自体に痛覚神経はなく、痛みは感じない。だがこれほどに鎖が巻き付いていては心臓を取り巻く血管や周辺の筋が刺激され、拍動のたびに鈍い痛みが生じるだろう。
 クラピカは、心臓に楔が刺さっていることを自分が(あるいは楔を刺した相手が)常に忘れず自覚できるよう、あえて痛みを与えているのかもしれない。
 今日のクラピカは失神の前兆として、心臓あたりの疼痛が増したと表現していた。確かに普段からこれほど痛みを感じていては、それが増した程度で休憩する気にはならないだろうとレオリオは納得する。
 そして同時に、胸がわずか締め付けられる。クラピカはこんな痛みを常に抱えて、平然と過ごしているのかと。
「レオリオ、終わりか?」
「あ、いや、……もう少し」
 レオリオは触診を続けたが、実際にはもう、ほぼ終わったようなものだった。華奢ではあるが、特に咎めるところのない身体。だがクラピカを休ませてやる意図もあり、レオリオは極めてゆっくりと肌を辿っていく。
 改めて見るとクラピカの肌はやけに白く、きめ細かい。不思議とほくろの一つも見つからないのは、メラニン色素の都合だろうか。緋の眼の鮮烈な赤色は、おそらくは眼底の毛細血管の色で、つまり眼球のメラニン色素の存在が緋の眼の発現メカニズムに関わっているはずだろうとレオリオは医大の眼科学講座を思い出す。
 
「っん……」
 不意にクラピカから漏れた上擦ったような声に、レオリオは一瞬、硬直した。
 脇腹を撫でられたくすぐったさに漏れ出した、不意の声。それがレオリオの耳には、やけに艶を帯びて聞こえたのだ。
 改めて見下ろしてみれば、滑らかな白の素肌と、そこに手を這わせている自分。ふと、これは医療行為(医者ではないのであくまで真似事だが)のはずなのに、レオリオは何かいけないことをしている気分になる。
「レオリオ?」
「ん、ああ、いや、」
 ないない、あり得ない。男同士でいけないことも何もない。
 アブナイことを考えてしまうのは、クラピカが女顔でしかもこんなに肌が綺麗なのが悪いのだと、クラピカに全ての責任を転嫁してレオリオは触診を続ける。
「……喉が渇いた。水をくれ、レオリオ」
 そんなレオリオの表情を観察していたクラピカは、何食わぬ顔で次の爆弾を落とした。
 
「口移しで」
 
 レオリオはまた一瞬、硬直した。
 確かに先ほど、口移しでなんて冗談を言ったのはレオリオの方だったのだが。
 
「……自分で飲めるだろ」
「起き上がるのが億劫だ。なにしろ五時間も昏睡していたからな」
「じゃあ待ってろよ、なんか寝ながら飲めるストローとか探して……」
「出来ないのか? 口移し」
 クラピカは唇で小さく笑みを描く。挑戦的な眼差しは、誘うようにレオリオを射抜く。
 つまりクラピカは、レオリオに生じた複雑な衝動を見抜いて弄んでいるのだと、レオリオはそう理解した。
 そっちがその気ならやってやる。ここで退いたら負ける気がして、レオリオは覚悟を決めて片手でサングラスを外す。そしてペットボトルを煽り、水を一口だけ含むと、クラピカに覆い被さった。
 右手でクラピカの前髪を掻き上げ、ゆっくりと顔を近付けると、形の良い唇が薄く開いてレオリオを誘う。
 レオリオは自分の経験と優位を主張するように、優しく慣れた所作で口付ける。唇をぴったりと密着させたまま、ゆっくりと開くと、レオリオの体温に温められた飲料水がクラピカの口内へと流し込まれていく。
 コクリと喉を鳴らす音が間近で響くのを確認して、レオリオはそっと唇を離す。
 ………はずだった。

「……ッ!?」
 離れようとしたその瞬間、レオリオはクラピカの手に、後頭部を押さえ込まれてしまった。
 ほぼ同時にクラピカの舌が、無警戒なレオリオの口腔へするりと侵入を果たす。
 クラピカはレオリオの頭を両手で押さえ込んだまま、驚き硬直するレオリオの舌を無遠慮にぺろりと舐め上げた。
(……この野郎……ッ)
 不意を突かれ一瞬身を竦ませてしまったレオリオだが、キスの技巧でクラピカに劣るつもりはない。
 迎え撃つようにクラピカの舌の裏筋をくすぐってやると、今度はクラピカが体をビクつかせる。
 その反応に気を良くして、続けて舌を何度も甘噛みしてやると、敵の陣地では不利だと悟ったのかクラピカの舌は引っ込んでいく。レオリオがすかさず追い掛けると、クラピカは仕返しとばかりにレオリオの舌を強く吸い上げ、痺れさせた。
「っん……、ん……」
 鼻から漏れるくぐもった音は、どちらのものかも分からない。
 二人は争うように、互いの舌や口腔を攻め合った。
 なにしろ初対面でいきなり決闘をやらかしたほどに、二人の本質は負けず嫌いだ。攻められたままでは終われない。
 やがて、互いを犯すことに夢中で飲み込み忘れた唾液がついに溢れ、クラピカの頬を伝っていく。
 レオリオはそれに気付くと唇を離し、それを舐め取って回収した。クラピカも、口内で混ざり合った唾液をコクリと嚥下する。
 それを後処理と見做すことでようやく、二人の決闘はひとまずの幕を下ろしたのだった。
 
「……っ、お前なぁ……」
 レオリオは上がってしまった呼吸を鎮めながら、文句を紡ぐべく口を開いた。
 クラピカは微かにあだめいた瞳で、レオリオを見上げている。
 何か文句を言ってやらねば。そう思いながらレオリオは、しかしどう咎めれば良いものかと考える。
 体調を理由に口移しをねだったうえでの、騙し討ちのようなディープキス。
 卑怯だぞとか、悪戯にしちゃタチが悪すぎだとか、どんな文句もいまいち説得力に欠ける。なにしろ仕掛けたのはクラピカだが、乗ってしまったのはレオリオだ。
「……下手に男を煽ると、火傷するぜ」
 口から出たのは結局、キザでチープな台詞だった。格好を付けた言い回しは、これ以上クラピカに舐められたくないが故だ。
 しかし当然ながら、クラピカがそんな安い脅しに慄くわけもない。
「私とて男だ。そんなことは百も承知だ」
「へぇ。火傷したくて煽った、って意味に取っていいのかよ?」
「試してみるか?」
 もはや売り言葉に買い言葉だ。
 レオリオが触診とは違う意図でクラピカの脇腹を撫でると、クラピカもまたレオリオのネクタイを引き抜き、ボタンを外しにかかる。
 
 根っからの女好きである自分が何故、こんな肉付きの悪い体に進んで触れているのだろうかとレオリオは心のどこかで考えた。
 しかし疑問は感じても、嫌悪感は生まれない。それが騙し討ちのキスで慣らされたからだとすれば、クラピカの戦略にまんまとハマってしまったようなものだとレオリオは思う。
 
 互いに上半身の服をすっかり脱がせてしまうと、二人はまた口付け、闘いのゴングを鳴らした。
 舌を絡ませ合いながら、慎重に相手の隙を伺う。
 仰向けでキスを受けるクラピカよりも、クラピカに覆い被さるレオリオの方が、重力の面で有利ではある。しかし今度は上半身の肌も、対等に攻め合える戦場だ。その意味では、肘で自重を支える必要のあるレオリオより、相手の背中まで自由に撫で回せるクラピカの方が有利だ。
 
「……ッ」
 クラピカの繊細な指先で、背筋を下から上へと逆撫でされ、レオリオはゾクゾクと全身が総毛立つ感覚に襲われる。
 更に皮膚の薄い肩甲骨をフェザータッチで撫で上げられ、意識がそちらに逸れた隙に、口内で上顎をチロチロと舐められる。
 一瞬レオリオは肩を震わせたが、すかさず舌を弾いて迎え撃ち、クラピカの臍の窪みを親指でグリグリと掘り込む。
 思わず息を詰めたクラピカの舌の根を甘噛みで捕らえて、攻撃を封じられた舌の裏筋を思うさま嬲る。
 クラピカは淡い感覚を逃すように身を捩りつつ、レオリオの脇腹をくすぐるように刺激する。触手のようにくすぐる指先を腰へ、腹へと移動させると、レオリオはくぐもった音を鼻から漏らしたが、捕らえたクラピカの舌を離す気配はない。
 レオリオはキスの主導権を握ったまま、クラピカの耳殻をきゅっと摘んだ。クラピカはピクリと反応を示してしまう。レオリオは親指と人差し指で優しく耳朶を擦ってから、小指をクラピカの耳孔へ差し込み、指を揺らした。
「……ん…っ」
 己の形勢不利を悟ったクラピカは、多少強引な突破を試みる。つまりは、指先をレオリオの腹から胸へと這わせ、両方の胸の先端をカリカリと引っ掻いた。
 さすがのレオリオも突然のそれには体を強張らせ、荒い鼻息を漏らす。その隙に、クラピカは無事に舌を逃がすことに成功した。
 しかし敏感な乳頭への攻撃は、諸刃の剣でもある。何故なら、攻撃されたレオリオもまたクラピカのそこに狙いを定めるのは必然だからだ。
 レオリオは勿体ぶるように、まずはクラピカの乳輪をクルクルと指先で回しなぞる。そして、焦らされて膨らみ始めた尖りを、潰すように捏ねる。
 クラピカも、レオリオの乳頭に掠めるような淡い愛撫を繰り返しながら、レオリオの歯茎を丁寧に舌でなぞり上げる。そして再び甘噛みで捕らわれる可能性に臆せず、上顎の奥へと舌を滑らせて、レオリオの体を震わせる。
 唾液が口の端から零れても、今度は唇が離れることはない。頬を撫でていく鼻息は熱く、互いの体温を更に高め合う。
 胸先を弄られ、口内を侵されて、時にくぐもった声を漏らしながら、それでも相手をより追い詰めるべく肌と粘膜を探り合う。
 そんな終わりのない戦いに、決着をつける行動に出たのはクラピカの方だった。クラピカは脚を曲げ、レオリオの局部を、ズボン越しに膝で擦り始めたのだ。
「……!!」
 レオリオが思わず目を見開くと、クラピカは愉しげに目を細めている。
 慌てるも、足の間にクラピカの足が挟まっている状態で、レオリオの膝で同じ仕返しに及ぶのは角度の問題で難しい。
 既にクラピカに煽られていた体は、布越しの摩擦でも簡単に火が付いてしまう。
 このままでは逆転不能だ。態勢を立て直すため、やむを得ずレオリオは唇を離す。
「……っ顔に似合わねぇ下品なやり方だな」
「つまり顔は上品だと? 光栄だな」
 クラピカは、レオリオが褒めるまでもなく誰もが称えるであろう気品高い笑みを浮かべながら、しかしその膝で今もグリグリとレオリオの雄を煽っている。
「随分と窮屈そうだな。楽にしてやろう」
 言うが早いか、細い指先がスラックスの金具を外しにかかる。
 後れを取らぬよう、レオリオも慌ててクラピカのベルトを引き抜き、躊躇なくクラピカのそれを取り出した。
 互いのものに指を絡めながら、二人はまた口付ける。
 今度の勝敗は至極単純だ。先に限界に行き着いた方が負け。
「………ん、……ッ……」
 舌で相手を溶かし、右手で熱を高めてやり、左手で思い思いに肌を探る。
 同性である強みか、愛撫は速度も力加減も申し分なく、二人の右手はすぐに互いの腺液に濡れ始めた。
 レオリオの左手はクラピカの首筋や肩を優しく辿り、時折、指先で耳を擦る。クラピカは左腕でレオリオを抱き込み、大きな子供をあやすように汗ばんだ背を撫でる。
 クラピカの瞳は、いつしか緋色に変わっていた。舌を絡ませ合いながら、閉じずに互いを見つめ合う瞳はいずれも挑戦的だ。
 クラピカが鈴口に指先を捻じ込むと、急な衝撃にレオリオは眉を顰めつつ、透明な快の証を溢れさせる。レオリオは仕返しに、敏感な雁首全体を手のひらで包み込み、モニュモニュと捏ね回す。クラピカは快楽に目を細めながら、今度は裏筋をサワサワとくすぐるように刺激する。強烈さと淡さを併せ持つ快楽に、レオリオはついくぐもった声を漏らしてしまう。
 下半身に意識を奪われ無防備になったレオリオの舌を、クラピカは何度も甘噛みし、自分の優位を主張する。レオリオは翻弄されかけている自身を自覚しながらも、クラピカもこちら側へ引き摺り落とすべく、耳孔を指でくすぐりながら裏筋とカリを集中的に責め抜いた。
「………ッ…」
 それでも抵抗空しく、先に限界を感じ始めたのはレオリオの方だった。
 単純な経験値の面では、レオリオに分があったはずだ。それでもレオリオの反応をつぶさに観察しながら刺激を微調整するクラピカの手腕には、屈するほかなかった。
 そして何より、間近でレオリオを見上げる瞳の艶かしさと言ったら、もはや反則に近かった。クラピカの興奮を如実に伝える緋色に、瞬きの度に長い金の睫毛が重なる艶やかさは、視界から直接レオリオの背筋を震わせるようだった。
 しかし負けを認めるにしても、せめてクラピカも連れて行かなくてはプライドが保てない。
 レオリオは唇を離すと、クラピカの右手を払いのけ、自身の昂ぶりとクラピカのそれを重ね合わせる。そして二本をまとめて右手で擦り上げながら、腰を使い、互いのもの同士も擦り合わせた。
「……っ堪え性がない、な」
 クラピカは咎めるように言いながらも、そのままレオリオの自由にさせた。クラピカとて決して余裕があるわけではなく、息はそれなりに乱れ、全身が汗ばんでいる。
 擦れ合う性器の燃えるような熱は、どちらのものかも分からない。
 精子を絞り出すように下から上へと扱くレオリオの右手は、ついに二人を強制的な頂きへと辿り着かせる。
「………っは、…………ッ!!」
 到達したのは、ほぼ同時だった。
 二人の荒い息とともに吐き出された白濁は、重力に従い、クラピカの胸から首元へと散った。
 レオリオはぜぇぜぇと苦しげな呼吸のまま、クラピカの肩に顔を埋める。クラピカは愛しげにその髪とうなじを撫で、広い背中を抱いた。



「……これだけでは、火傷には程遠いな」
 互いの呼吸が落ち着いた頃、先に口を開いたのはクラピカの方だった。
 男を煽ると、火傷する。確かにレオリオはそう言ったが、具体的な行為を想定したものではなかった。
 それでもそんな発言をした以上、ここでレオリオから退くのは男が廃る。
「もっと進めても良いってことかよ?」
 レオリオは、クラピカの顎を手でクイと持ち上げ、ニヤリと挑発的に見下ろしてみる。もちろん男を抱いた経験などない以上、ハッタリ半分だ。
 クラピカはされるがまま、攻撃的に薄い笑みを返す。その瞳は緋色のままだ。
「男相手に手加減なんかしねーぞ、オレは」
 もはや後には引けず、クラピカのスラックスと下着を乱暴に抜き取ると、レオリオはその無骨な指先をクラピカの蕾へと当てがった。
 しかし試しに軽く押してみると、受け入れるための器官ではないそこは女性器とはまったく異なる感触で、レオリオはつい眉間に皺を寄せる。
 ……本当に、良いのだろうか。男の体は、男を受け入れるようには出来ていない。コキ合いだけならまだしも、負けん気の勢いだけでそこを性交に使うべく開かせるのは、やり過ぎではないだろうか。
 手加減しないとの言葉とは裏腹に、レオリオの指先は、躊躇するように後孔の周囲を何度もなぞる。

 そうして躊躇うレオリオに対し、クラピカは妖艶に微笑んで見せた。 「レオリオ、私の顔だけを見てみろ。……女性にも見えるだろう?」
 それは確かに、優美な女性のような完成された美を漂わせていた。
 人々の理想を具現化したかのような美しい微笑には、レオリオでなくとも胸を撃ち抜かれかねないだろう。
 ……自分の容姿を分かったうえで、鏡とかで表情の練習してるだろ、コイツ。
 レオリオはそう胸の内で思うも、しかし惹かれてしまう心を止めるすべなど有りはしない。
「男を抱くことに抵抗があるのなら、私の顔だけを見て、これから女性の体を開発するのだと想像してみるといい。それなら抵抗も少ないだろう?」
 レオリオは、クラピカの端正な顔を改めて見つめてみる。
 女性だと思い込めば、確かに女性にしか見えないだろう。その中性的な美貌は、かつてヨークシンシティで、ミニスカートを履いてホテルの受付事務をこなせてしまったほどだ。
 クラピカの言う通り、クラピカを女性に見立てて後孔を使うプレイなのだと妄想した方が抵抗感は軽減するだろう。
 ……けれど。

「それはさすがに無理だぜ、クラピカ」
 レオリオが溜息とともに言うと、クラピカは艶美な微笑を、神妙な表情に変えた。
「やはり、カツラも化粧もなしでは無理があるか」
「そういう問題じゃねーって。むしろお前は飾らない方が綺麗だし。ただそりゃ顔だけの問題で、お前、中身はオレなんかよりよっぽど男らしいだろ。物怖じしねーとこも、胆力も、我慢強さも潔さも、全部。ヨークシンでの女装だって、見た目は可愛い女だったけど、オレはむしろ女装なんか堂々とやれる度胸と覚悟に度肝抜かれてたぜ。お前は男らしい男だよ。お前の顔見て女だって妄想するなんざ、お前を知っちまったオレにはもう無理だね」
 クラピカは意表を突かれたように数度瞬きを繰り返す。
 そして今度は妖艶ではない、素朴な笑みに表情を彩った。
「買い被りだ。君の方こそ、誰より男らしい魅力に溢れているよ。私は今でも鮮明に覚えている。かつての一次試験でヒソカと対峙した時、私は逃亡を選んだのに、君だけが……」
 思いを馳せるように、クラピカは目を閉じる。
「……私は自らの目的のために誇りを捨て、下衆を演じ続けている。マフィアの若頭、そんな品位のない役柄が日を経るごとに馴染み過ぎて、何度も心ごと闇に染まりかけた。だが君の姿を思い浮かべる度に、心を掬い上げられる。……君の光は私のしるべだ」
 眠り姫が目覚めるかのようにゆっくりと、クラピカは目蓋を上げた。
 そしてレオリオを視界に入れるや、朝日を浴びたように目を細めた。
「男らしいという表現は不適切だったな。性など無関係に、君が……ただ魅力的だから、私は欲しくなったのだ」
 レオリオを真っ直ぐに捕らえる美しい緋色がどこか切なげで、レオリオは言葉に詰まる。
 そんなことを言うぐらいなら電話に出ろと、メアドを教えろと言ってやりたい。そもそも十二支ん加入前、再三の電話にクラピカが出なかった理由もレオリオは明確には説明されていないし、ましてや謝罪も受けていない。

「……でもいいか、もう」
 レオリオは諦めたように溜息を吐いた。
 妙な勢いと負けん気だけで始まった行為だと思っていたが、クラピカは思いのほか本気で自分を欲していたらしいと分かったからだ。
 クラピカの歩む道は過酷だ。頭脳にも容姿にも武術の才にも恵まれたクラピカが、さらに日々その身を削り我を殺してようやく成し遂げられるかどうかの目標。
 だがクラピカが精神的に決して強くはないことを、レオリオは痛いほどに知っている。特にヨークシンでは、見ているのも辛いほどの悲痛な表情を何度も目の当たりにした。
 今日クラピカが無理をして倒れたのも、もとを辿れば精神的な余裕の欠如からきたものだろう。
 そんなクラピカが欲しいと言うのなら、遠慮なく応えてやるだけだ。
 
「じゃあまず、指、入れるからな」
 予告してから、レオリオはゆっくりと指を押し入れた。
 途端に、クラピカの体が思わずといった様子で強張った。なにしろ、自ら言葉巧みに誘った行為とはいえ、経験があるわけでもない体だ。
「……ん……ッぅ…」
 クラピカの漏らす少し高い音は扇情的で、レオリオは思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
 狭いそこはレオリオの指を搾るように食い絞めている。
 窮屈なそこに挿入したらどんな心地なのだろう。はやる気持ちを抑えきれず、レオリオはやや性急に二本目の指を押し入れた。
「!! ……ッ」
 瞬間、多少なりと痛みが生じたのだろう、クラピカの表情が歪む。
「悪ぃ」と一言口にして、レオリオは指の動きを止めた。痛みを与えた自覚は、レオリオに少し冷静さを取り戻させる。
 ……快楽を与えれば、痛みと相殺できるだろうか。そんな安直な考えで、レオリオは触診の要領で指先から微弱なオーラを放った。
 下腹部をレオリオの温かなオーラが巡る感覚は、クラピカに安心を与えた。レオリオのオーラに悪意があれば、体内からクラピカを破壊することも可能だ。そんな危うい状況にも関わらず、そのオーラはただクラピカを安心させるために存在しているかのようで、クラピカの緊張をほどいていく。
 ただし、レオリオの思惑は別にあった。レオリオはオーラの感覚で、クラピカの感じる部位を探していたのだ。
 程なくして前立腺の位置を把握したレオリオは、そこを指先で揉み始めた。
「あ……っ」
 上擦った声が一つ、漏れる。
 曖昧に探り当てるのではなく、確実にそこだと理解したうえで容赦なくコリコリと狙い撃ちされて、クラピカはその身をくねらせた。
「あ……ッ、ぁ…っ」
 敏感な位置を攻められる度、クラピカは荒い呼吸に混ぜて断続的に短い声を上げた。緋色の瞳が、艶めかしく潤みだす。
 クラピカのものは、再び張り詰めている。一方のレオリオも、クラピカの痴態に煽られてとっくに力を取り戻していた。
 追い打ちをかけるように空いた指で胸先を撫でると、前立腺との同時刺激に、クラピカは堪らず体を仰け反らせる。
「…んん……ッあ、……あぁ…ッ」
 一方的にクラピカを喘がせる行為は、男なら誰もが隠し持つ征服欲を満たした。体格ではレオリオの方が恵まれていながら、おそらくクラピカの方が戦闘力を含む多くの要素でレオリオを上回っている。そんなクラピカが、たった数本のレオリオの指に翻弄され乱れていく様は、確かにレオリオを興奮させた。
 しかし一方で、レオリオはどこか違和感を覚えた。確かに二人には差があり、ハンター試験でも助けるより助けられるばかりだったのは否めないが、それでもレオリオはクラピカと肩を並べていたつもりだった。十二支んとして活動する今も、対等な立場にある仲間のつもりだ。
 だから一方的な行為は、二人のバランスが崩れるような違和感を生じたのだ。
 乱れるなら、二人がいい。そんな己の欲求に気付いたレオリオは、充分にほぐされた後孔から、ゆっくりと指を引き抜いた。
「………っ」
 ほどなくして熱を入口に当てがわれ、クラピカは少しだけ肩を震わせた。
 レオリオは押し入れようと軽く力を込め、しかし女性器とは異質の硬さに、そのままの姿勢でまた躊躇した。もちろん、強引に捻じ込めば挿入は可能だろう。だが本当に、そうしてしまって良いのだろうか。
 一方のクラピカは指による責め苦から解放されたことで、いささかの余裕を取り戻していた。
「案ずるな。雄同士の肛門性交は何も人間の専売特許ではなく、野生の動物間でも観察される極めて本能的な行為だ」
 そう言って安心させるように微笑むクラピカの表情には、女性のような艶かしさと、女性では持ち得ない種の色気が混在してレオリオを惑わせる。
 宥めてやらなきゃいけない立場のはずなのにリードされてどうする、と溜息を吐きかけたレオリオは、しかしふとクラピカの表情に僅かな違和感を見てとった。口元の多少の強張り、滲み出る微かな緊張感。それは、付き合いが長いレオリオだからこそ見抜けた僅かな歪みだった。
「なあ、お前も緊張してんの?」
「……余裕ばかりというわけではない。当然だろう」
 ズバリ指摘され、クラピカは切なげに眉を寄せた。
 レオリオは、素直な感情を表したその顔へとそっと手を伸ばす。白く滑らかな頬を撫でるうちに、互いの緊張が混じり合い、別の何かに変わっていく気がした。
 レオリオはクラピカの体を押さえ、一つ息を吐き出すと、今度は躊躇いなくそれを突き入れた。
「!! ……う…ぁ…ッ」
 亀頭を完全に埋め込むと、そこから先はじわじわと進んでいく。
 内臓を切り開かれるような痛みに、クラピカは目を閉じシーツを握り締める。指で慣らす行為に意味なんかあったのかと疑いたくなるほどの衝撃に、額からは汗が幾筋も流れ落ちた。
 無意識に逃げを打つクラピカの体を、レオリオは抱き締めて拘束し、更に腰を進めていく。
 このままでは腹を突き破られ貫通してしまうのではないか。あまりの息苦しさにそんな妄想すら浮かぶ頃、レオリオの腰の動きが止まり、クラピカはようやくすべてが体内に納まったことを知った。
「……苦しいか?」
 そう言って覗き込んだレオリオの顔こそ苦しげだった。クラピカを気遣うあまり、表情が歪んでいるのだ。
 だからクラピカは答える代わりに、汗に濡れた顔で、余裕をひけらかすように微笑した。どうせ痛みなんか、すぐに慣れられる。
 腰の位置を揃えると身長差は明瞭で、二人の顔は少しばかり遠い。その距離を詰めるようにレオリオが背中を丸めると、クラピカも応じるように肩ごと頭を持ち上げる。
 重なった唇。今度は攻め合うのではなく、気遣い合う口付け。体温を交換するように舌を絡めながら、慈しむように体を撫で合う。
「力、抜いてろよ」
 唇が触れるか触れないかの距離でそう囁いて、遠慮がちにレオリオは腰を引き、そしてまた押し込んだ。
「……ッうぁ、……あ…ッ」
 少しずつ早まる抽挿に、クラピカは小さな呻きを零し出す。
 違和感と苦痛が大半を占める中、それでも不思議なほどにクラピカの体は熱を帯びていった。
 腸壁は徐々にレオリオの大きさを覚え、形を変えていく。それはクラピカがこの行為を欲していたのだと訴えんばかりだった。
 最初は淡く遠かった快楽が、動かれる度に増していくようで、クラピカは未知の場所に不意に連れていかれぬようシーツを強く握り締める。
 臀部にレオリオの皮膚がぶつかる度に、打ち付ける硬質な音と、粘着質な水音が同時に響く。卑猥に濡れた結合部が嫌でも意識され、クラピカは耳を塞ぎたくなる。
「あ……ッ」
 ある角度で抉られた時、クラピカはつい上擦った声を漏らしてしまった。
 レオリオは嬉しそうに、口の角を上げる。
「ここか? クラピカ」
「ッあ、……ぁ…!!」
 レオリオはより良い角度を探しながら突き上げ、あるいは見つけた硬いしこりを亀頭でグリグリと擦る。
 ただクラピカを悦ばせることだけを目的とした動きに、クラピカは堪らず仰け反って悲鳴を上げた。
 しかしもちろん、それは一方的な行為ではない。感じる度に不随意に収縮してレオリオを締め付けるそこは、着実にレオリオをも追い詰め、限界へと導いていく。
 繋がっているところから溶け出してしまいそうなほど、擦れ合う部位は熱い。
 込み上げる射精感から逃れるように宙を彷徨う手が、互いの手を探し当て、指を絡め合う。レオリオの節くれだった指は、クラピカの白魚のごとく滑らかな指に、不思議と吸着するように馴染んだ。
 クラピカは意味のない母音を漏らしながら、レオリオもまた獣のような息を吐き出しながら、快楽を極めていく。
「は、はぁッ、あ……っ、………ッ!!」
 理性を完全に手放す瞬間は、ほぼ二人同時に訪れた。
 中にどくりと溢れた白濁に押し出されるように、クラピカの体液は自身の腹や胸に飛び散った。
 同時に頂点を極め、そして同時にゆるゆると熱が引いていくのを肌で感じると、まるで二人の体が混じり合ったような錯覚が芽生えた。
 
 レオリオは鎮まらぬ呼吸のまま、ぐったりと目を閉じるクラピカの金糸を撫でる。
 戦えばきっとクラピカの方が強い。そう分かってはいても、快楽の余韻を引き摺る頼りない表情、そして柔らかな子猫のような髪の感触に、レオリオは強く庇護欲をそそられた。
 いかに鍛えているとはいえ、レオリオから見れば細く華奢な身体。きっといくつもの痛みを抱えながら、それでも毅然と突き進んでいく身体。
 まさかクラピカと体を繋ぐことになるだなんてレオリオは思ってもみなかったし、今もどこか現実味がない。流されてしまったというのが正直な感想だ。それでも、余裕なく生きるクラピカが少しでもこの腕で安らげたなら、それでいいかと思ってしまうのだった。
 
 
 
   *
 
 
 
 程なくしてクラピカは軽くシャワーを浴びると、レオリオの予備のシャツを要求した。クラピカのシャツは脱がされたままに放置され、皺が寄ってしまったためだ。
 レオリオが糊の効いたシャツを渡すと、クラピカは裸体に手早くそれを着込んだ。サイズの大きなそれは、クラピカの臀部までを覆い隠す。
「さすがに無理があるんじゃ……」
「ジャケットを着れば、当座は凌げるだろう」
 長すぎるシャツの袖を折ると、クラピカはスラックスの皺を確かめ始めた。すぐにもレオリオの部屋を飛び出て仕事を始めそうな雰囲気だ。
「結局、すぐ仕事かよ。五時間も昏睡しといて」
「昏睡していたからこそだ。今日中に済ませておくべき事案も多い」
 クラピカは十二支んとしての役割をこなしながらも、ボスとしてノストラード組とも頻繁に連絡を取り合い、およそ休暇など取れない様子だ。
 だがヨークシンで倒れた時とは違い、今日のクラピカは発熱もなく肌艶も悪くはない。更にはレオリオと激しい運動をこなす余裕もあったわけで、無理に咎めるには至らないかとレオリオは思う。
「けどやっぱ、そのシャツは無理があんだろ。時間に余裕あんなら、アイロン掛けていけよ。シャツもズボンも」
 レオリオが提案してアイロンのスイッチを入れると、「それもそうだな」とクラピカはベッドに腰掛け、アイロンが高温になるのを待つ。
 ぶかぶかのシャツ一枚を纏い、すらりと細い脚を晒した姿に、レオリオは目のやり場に困り視線を逸らした。レオリオは逆にズボンだけを身に着けた状態だが、男なら普通、まずは下を隠す発想でこうなるはずだとレオリオは思う。いやでもクラピカはシャツとズボンに皺が寄って着られず、シャツはレオリオのものを借りられるがズボンはさすがにサイズ違いではどうにもならないわけで、つまりシャツ一枚の姿は理に適って……いや待て下着はどうした。
 ベッドに腰掛けるクラピカの顔を見やると、全てを見透かすような悪戯な微笑でレオリオを見上げている。これだ、今日はこの顔にまんまと流されたんだ。レオリオは煩悩を払うように首を緩く振って、ベッド脇の椅子に腰掛けた。
 
「なあ、この際だから訊くけどよ。なんでメアド教えてくんねーの?」
 体まで繋げておいて、この扱いはあんまりではないか。
 そんな不満を滲ませて尋ねると、クラピカは神妙に話し始めた。
「マフィアのボスなんかと親密な繋がりがあっては、君の将来に響く。特にメールの文面は音声記録よりも直接に証拠として残りやすく、いつか君の大切な時期に報道陣の格好の餌食になりかねない」
 淡々とした告白に、レオリオは思わずガバリと上半身を起こす。
「お前ッ、そんなこと気にしてたのかよ!! オレはそんな、」
「……というのがまず第一候補だ。他にも考え得る候補をいくつか挙げてみよう」
 クラピカは次々と『私が君にメールアドレスを教えない理由』を連ね始めた。
 
 
 
「君からのメールは無駄に回数が多そうで、単純に鬱陶しい」
 腕組みをしながら。
 
「メールアドレスはあくまで仕事専用と決めている」
 レオリオをキリリと見据えながら。
 
「メールでは物足りない。電話で声を聞かせてほしい」
 誘うように優雅な微笑を浮かべながら。
 
「君はヨークシンでの経験からやたらと私の体調を気遣いがちだ。メールは気軽に送信可能な分、日々の食事の心配までされそうで面倒なことこの上ない」
 溜息を吐きながら。
 
「極端な遠視のためメールは頭が痛くなる」
 目を閉じ額に手を当てながら。
 
「君のメールは私の心を乱す」
 胸に手を当て切なげに微笑みながら。
 
「君と違って不器用だから、メールを打つのは苦手なんだ」
 気まずげに目を逸らしながら。
 
「今時はメッセンジャーアプリを使うのが主流なのだろう? あいにく私はフィーチャー・フォンだ。君の交友関係で私ばかりメールでやり取りするのは申し訳ない」
 顎に手をやりレオリオを上目遣いに見上げながら。
 
 
 
 
「以上、考えられるのはこんなところか? 好きな理由を選ぶといい」
「……かなり適当だっただろ……特に後半」
 まぁ要は、正確なところを答える気はまったくないらしい。
 モヤモヤを晴らすための質問でよりモヤを濃くしてしまったようで、レオリオは溜息を吐いてベッドの端に腰掛けた。
 とはいえ、答えてもらえるわけがないとは思っていた。理由を答える気があるなら、そもそもメールアドレスを聞いた時に「断わる」なんて一言で済ませずに、断わる理由を述べているだろう。クラピカが己の心情を吐露することは、極めて珍しい。
「……オレが好きな理由を選んでいいって言ったよな。じゃあ〝電話で声を聞かせてほしい〟の説にするぜ。だから電話には出ろよ、声なんかいくらでも聞かせてやっから。今は頻繁に顔合わせてるからいいけど、十二支んのミッション終わってしばらく会えなくなったら、また電話するからな」
 レオリオがベッドに腰掛けたために、傍らの椅子に座るクラピカとの距離が近付く。
 手を伸ばせば触れられる距離で、クラピカはレオリオの深い瞳を暫し見つめ、そして口を開いた。
「十二支んと言えば、私の方こそ訊くべきことがあった。何故、私を十二支んに推薦した? 第四王子の緋の眼所有について、当時の君は知らなかったのだろう。推薦のために私のデリケートな事情まで部外者に暴露してくれたからには、相応の理由があったのだろうな?」
 口調こそ鋭いが、特に怒りや苛立ちを滲ませるでもなく、クラピカは淡々と詰問する。
 クラピカの素性や目的を無断で喋ってしまったことについては、レオリオとしてもいつか謝らねばならないと思っていたところだった。
「勝手に喋ったのは悪かったよ。十二支んに推薦した理由は……まぁ一番は、全ッ然電話に出ねーお前を引き摺り出すためだけど」
 クラピカは感情を読ませない表情で、レオリオの次の言葉を待っている。
「……それと…、またお前と肩並べて歩きたかったんだよ。同じ目的に向かってさ」
 心情を滅多に吐露しないクラピカとは逆に、レオリオは思いを溜め込むことの方が苦手だ。
「チードルから電話で十二支んのミッション聞いた時に、思ったんだよ。ハンター試験の時や、キルアの家に行った時みてぇに、十二支んでも隣にお前がいりゃ心強いなって。ヨークシンの時も一緒に行動したけど、あの時はオレはあくまでサポートしか出来なかっただろ。ああいう不平等なんじゃなくて、ちゃんとお前と肩並べたかったんだよ。十二支んとしてなら、役割分担はあるけど、またお前と並んで進んで行けると思ったんだ」
 それに、とレオリオは続ける。
「お前なら絶対、この話受けるだろうと思ってな。お前の好きそうな、誇り高いハンターの仕事だろ?」
 ニッと笑うレオリオに対し、クラピカはあくまで無表情を崩さなかった。
「マフィアに堕ちた人間にまだ誇りなど期待するのは、君ぐらいのものだ。実際、仲間の眼のことがなければ、私はこの話を受けてはいない」
 マフィア。つまりは犯罪組織。
 ノストラード組は今は合法範囲で活動しているが、交友関係にある他の組は当然のように違法行為を繰り返しており、クラピカもマフィアの若頭である以上は間接的にそれに加担しているようなものだ。
 もちろんクラピカは、好き好んでマフィアとして活動しているわけではない。だが、事情があれば許されるようなものではないことも理解している。
「……ただ、それでも……どんなに落ちても突き放しても追いかけてきてくれる君がいるから、私は……」
 そこまで言ってようやく、クラピカもフッと表情を緩ませる。
「ま、とりあえずは十二支んのミッションだ。よろしくな、相棒」
 レオリオが言い終えるか否かのうちに、二人はどちらからともなく右拳を差し出し、拳と拳を突き合わせた。
 
 時の移ろいとともに、季節は確実に二人を変えてゆく。
 立場も、力も、想いさえもきっと。
 
 ───けれど。
 この拳が、いつまでも変わらないものであることを願って。