夜、レオリオの部屋で、やや複雑だったその日の十二支んの会議資料を解説してやった日のことだった。
レオリオに腕を引かれたと思ったら、ベッドに組み敷かれていた。
大きな手に口を塞がれ、その手で頭ごとシーツに押さえ付けられて。
脱がされ、イかされ、犯された。
誰がどう見ても強姦だった。
けれど本気で逃げようと思えば逃げられたし、レオリオもそれは分かっていたはずだ。
ただレオリオが相手なら構わなかったから、形だけの抵抗を繰り返しながら、されるがままにされた。
文句があるとすれば、手のひらで口呼吸を封じられ続けて酸欠で苦しかったことぐらいで、他は特段構わなかった。性欲の捌け口として扱われたなら望むところ、情のない行為なら好都合だった。
「好きだ、クラピカ」
しかし、この展開は予想外だった。
そう言われると分かっていれば、大人しく犯されたりはしなかった。
「お前が好きだ」
事後の気怠い空気の中、仰向けのままのこちらに覆い被さって、真剣な眼差しで見下ろしながら、レオリオはもう一度そう言った。
「レイプしておいて言う台詞か。順序が違う」
「先に言ったって、どうせ拒否するだけだろーが。なあ、お前、好きでもない奴に大人しくヤられるようなタマじゃねーだろ。……お前も、」
「失礼する」
腕で作られた檻を抜け出し、ベッドを降りようとした時だった。
酷使された腰にうまく力が入らず、ぐらりと体が傾いだ。
一瞬のことだった。倒れそうになったわけでもない、ただ一瞬、僅かにバランスを崩しただけだ。
だがレオリオの腕は、ほら見たことかと言わんばかりにタイミング良く、その一瞬で体を捕らえてしまった。
「今夜は泊まってけよ。ダルいだろ、体」
「無用の気遣いだ」
体に力を籠めるが、逞しい両腕はビクともしない。
「泊まっていけって」
……鎖を使ってでも腕を抜け出して、散らばった服を集めて着直し、部屋を出る前に乱れた髪をドライヤーで整えて、……その全てをレオリオを抑えながら行うとなると、少々面倒だ。
諦めて力を抜くと、そっと、また仰向けに体を横たえられた。
そして、閉じ込めるように、顔の両横に手を付かれる。
「話の続き。オレに大人しく抱かれた理由は?」
やたらと気を遣うのが上手いこの男は、いつもなら、こちらの言いたくないことは言わせない。なのに今日に限っては、やたらとしつこい。そんなに大事なことなのか。
「体を開いた程度で大袈裟なんだ。こんなこと、誰とでも出来る」
「誰とでも?」
「それこそ、仲間の眼を集めるために必要なら、見知らぬ相手とでも」
「そういうこと、ハッタリで言うなよ」
「何故ハッタリだと?」
「お前、初めてだっただろ。平気なフリして抱かれりゃ、分からないとでも思ったのかよ?」
一瞬、言葉に詰まる。
失態だ。肯定してしまったようなものだ。
「……震えてただろ」
残念ながら、身に覚えがあった。気付かれるわけがないと思っていた。極僅かな震えに収めたつもりだった。
レオリオは、辛そうに顔を歪める。
「震えて怖がって、それでも逃げなかったくせに……」
顎を捕らえられたと思ったら、次には唇を塞がれていた。
誰とでも出来るなどと嘯いた以上、侵入してくる舌を、拒めなかった。
行為の間は手のひらで口を押さえられていたから、口付けはしていない。これが初めてだ。
「ん……っ、んんぅ……っ」
口内を掻き回されているのは分かる。
敏感な部分に舌先で触れられると、体がビクンと震えて、鼻声が漏れ出すのも分かる。
けれど具体的に何をされているのかは、理解できなかった。
レオリオの舌はやけに長くて、とんでもないところにまで届いて、くすぐったくて、恥ずかしくて、気持ち悪くて、でも心地良くて、ゾクゾクと背筋が震えた。
逃げるわけにも、抵抗するわけにもいかなくて、必死にシーツを握りしめる手が痛かった。
ようやく解放されると、声で唇が震わされるほどの至近距離で、レオリオがまた囁く。
「好きだ」
やはり大人しく抱かれるのではなかった。
おそらく長くはない人生、少しばかり●●な時間があっても許されるのではないかと、強引にされたことなら許されるのではないかと、思ってしまったのが間違いだった。
恋だの愛だの、他人事ならともかく、自分に関わるものとしては口にしたくもない感情だ。
「私は特定の者と恋仲になるつもりはない」
重荷でしかない。
目的のためだけに歩み続ける身には。
メールも電話も、連絡を待たれるのは辛い。
会えない間に操を立てられるのも、辛い。
共に過ごす時間を喜ばれるのも、死を悲しまれるのも辛い。
この命は、ただ故郷の地で誓った目的のためだけに存在し、『恋人』を優先することなどないのだから。
「恋人じゃなくたって、オレはお前からの連絡をずっと待ってたし、一緒に過ごしたいし、お前が死んだら悲しいぜ」
「特別な関係になれば責任が生じる。愛を告げられ、それに応えた身では、出来ない無茶というものがある」
「だから、恋人じゃなくたって、無茶はしてほしくねーよ」
「もう一度言うが、責任の問題だ」
それに、と付け加える。
「私はマフィアのボスだ。恋人だなんて弱みを作るのはハイリスクでしかない。愛人ならともかく」
レオリオはそれを聞くや、良いことを思い付いたとばかりに言った。
「じゃ、愛人でいい。オレを愛人にしてくれ」
意味が分からなかった。
「お前もマフィアのボスなら、愛人の一人ぐらい囲ってみろよ」
「囲う気はないが……」
「愛人なら、責任もなんも無ぇだろ。お前は連絡できないときゃ出来ないでいいし、オレはお前に会えなきゃ女遊びしてもいい。ただ、二人でいる時は、恋人」
「……何故、」
「外でイチャつくのが嫌なら、オレの部屋限定にするか? オレの部屋にいる間だけ、恋人。そういう愛人契約」
「何故、そこまでして」
深い色の瞳が、至近距離から、じっとこちらを見つめてくる。
いつもは優しいその瞳が、今ばかりは真剣に、こちらの全てを吸い込むように捕らえて離さなくて、少しだけ体が竦んだ。
「だってお前、ごちゃごちゃ理屈捏ねるばっかりで、オレのことどう思ってるのか答えねぇのは、そういうことだろ」
……やはり、大人しく抱かれるのではなかった。
「なあ、いいだろ。オレの部屋でだけの話だ。オレはお前が好き。お前は?」
……鎖を使ってでもこの腕の檻を抜け出して、散らばった服を集めて着直し、乱れた髪をドライヤーで整えて、……またそんなシミュレーションをして、やめた。
抱かれてしまった自分の不覚だ。
それにレオリオの言うとおり、この部屋の中だけでなら。
そう決めて、短い言葉を囁くと、レオリオは嬉しそうに頬を綻ばせた。
そして、ちゅっと優しく、恋人のように唇を啄んだ。
「愛人契約っつーか、恋人ごっこだな」
部屋の外では、レオリオの態度は今までとなんら変わらないし、こちらもなんら変わらずに振る舞った。
ただ、あれやこれや口実を付けて、レオリオの部屋に誘われることは増えたと思う。
部屋では用事の合間に、抱き締められて、抱き締めて、愛を囁かれて。
レオリオの部屋限定の恋人ごっこは、なんの違和感もなく二人に浸透した。
「一ヵ月振りだな、クラピカ」
しばらくノストラード組に滞在していたことや十二支んとしての出張が重なり、その日は約一月振りにレオリオの部屋を訪れていた。
「私が不在の間、女性と遊んだのか?」
会えない間、遊ぶのはレオリオの自由。
ただ、この部屋にいる間だけは恋人だから、そんな嫉妬めいた台詞も許容されるのだ。
レオリオは、どこか楽しそうに答えた。
「一度も遊んでねぇ。溜まってる。だからクラピカ、いいな?」
ベッドでの営みに関しては、やや想像とは異なった。
いつも裸に剥かれた後、しつこくしつこく、全身を手と舌で愛撫される。
絶頂は一度だけ許される。けれどその後は、たまに擦られて昂りだけを維持されて、決してイかせてもらえない。
敏感な肌もそうでない肌も触れられすぎて、どこが敏感なのかも分からなくなって、どこを舐められても声が溢れ出て。
中を掻き回す指に翻弄されるのに、それはどこかもどかしいばかりで、決定的な大きな感覚に繋がらない。
イかせてほしい、挿れてほしい、終わらせてほしい。
ドロドロのぐちゃぐちゃになって、そんな欲求に身体中をじわじわと支配されて喘ぐしかなくなる頃に、ようやくレオリオが、挿入ってくる。
満たしてくれる熱を逃さないように、必死でその背にしがみつくと、レオリオは許しを与えるかのように、愛の言葉を何度も降らせるのだ。
最初にされたのと、違いすぎる。
そう言うと、当たり前だと笑われた。強姦と、恋人の営みが、同じであるはずがないと。
全身あますところなく愛され理性を全て溶かされる行為は、あまりにも一方的だけれど、他のサンプルを知らないから、言われれば納得するしかない。
今日、レオリオの部屋に誘われた口実は、医学に関するレポートの手伝いだ。
怪我の処置をはじめとする外科的な話に関しては、レオリオの方が詳しい。
だが例えば内分泌系の話となると、齧っただけのこちらの方が詳しいのだから、この男もまだまだだ。
「では、今日の復習を兼ねて確認テストだ。いつもどおり、全十問。まず問1、自律神経に影響を及ぼすホルモンのうち、……」
「……なあクラピカ」
「なんだ」
「正解したらご褒美くれ」
「具体的には?」
「ほっぺにちゅー」
「……さっさと問1の解答を書け。制限時間は十秒」
「短くねぇ!?」
レオリオは数秒頭を抱えた後、しかしサラサラと解答を書いた。
正解だ。頭が悪い割には、頑張っている。
仕方なく、椅子に座るレオリオの隣で中腰になって、その固い頬を少しだけ吸った。
「……!? ……!!?」
「何を驚いている。褒美が欲しいと言ったのはお前だろう」
「だって、まさか本当に……つーか一問ごとにくれんの!?」
「全問正解を待っていたら、陽が暮れそうだからな」
答えながら、口元が緩むのを感じた。
そんなこちらを見たレオリオの顔が、何故か不意に少しだけ、泣きそうに歪んだ。
音を紡がない唇が、何かの形に動く。
キットホントウノオマエハモット
それからレオリオの表情は、またいつもの優しい笑みに戻った。
「……〝ごっこ〟でもよ、●●」
頬を包まれ、今度は唇へのキスをねだられて、目を閉じてそれに応じた。
この部屋の中でだけ許される恋人ごっこ。
くだらない、くだらない恋愛ごっこ。
それはこの身に残された時間の中の、ほんの束の間の、