一日ぐらい、二人でどこかへ遊びにでも行かないか。
そう誘うと、クラピカは表情一つ変えずに拒絶した。
「お前、医療を学びながら十二支んとしても活動して、そんな余裕があるのか」
「ないです…」
「そして私に、そんな余裕があると思うのか」
「ないと思います…」
これでもクラピカにしては優しい物言いだ。
ミザイストムがクラピカを十二支んに誘ったファーストコンタクトでは、そりゃあもう、にべもない拒絶だったらしい。おまけに緋の眼で凄まれたとか。
「……まあ、別に遊びに行くんじゃなくてもいいんだけどよ。お前、最近ずっと、何か悩んでるだろ」
「何故そう思った?」
クラピカは憮然とした表情だが、それこそが図星の証拠だ。
「オレに見抜かれる程度には態度に出てんだよ。それだけ思い詰めてんだろ。気分転換なんてする柄じゃねーだろうけど、なんか息抜きした方がいいぜ。なんならオレも付き合うからよ」
どうせコイツは一人で悩んで一人で結論を出してしまう。オレに相談してみろだなんて身の程知らずなことは、言えるはずもない。出来るのはせいぜい、こんな誘いをかけることぐらいだ。
「悩んでいるとの表現には語弊がある、が」
クラピカは抑揚なくそう前置きした。
「ちょうど訪ねたい場所がある。付き合いたければお前も来るといい。ただし一日ではなく一泊二日、しかも野宿になるが」
* * *
ルクソ地方の山奥にあるクラピカの故郷、そこがクラピカとオレの目的地。
空港からバスで二時間、更にそこから半日以上、山を登る。大部分は道無き道だ。
「辿り着くだけで一日がかりだな…」
「地走鳥をレンタルすれば早いのだが、足腰の鍛錬も兼ねてな。十二支んに入ってからは特にデスクワークが多くて、体が鈍りがちだ。お前もそうだろう?」
「まあな。…しかしハードだな……ハンター試験の一次試験よりはマシだけどよ」
「そうか? ではペースを上げよう」
「………げ」
辿り着く頃には、オレはもうヘトヘト、クラピカも表情こそ涼しいものの息は切れ大粒の汗を額に滲ませていた。
今日のクラピカは、民族衣装だ。オレは途中で上着を脱いだが、クラピカは分厚く重そうな布地を着込んだままで、さぞ暑かったことだろう。
それでも、かの一次試験の時のように脱ぎたくはなかったのだと思う。この地に、帰る時には。
「ここが、私が暮らしていた家。父と母と、三人暮らしだった」
家、と呼んで良いのか分からない瓦礫に手を当てて、クラピカは淡々と語った。
クラピカが同胞たちと暮らしていたという、森の中のその一角。
虐殺の際に火を放たれたのだろう、原形を留めた家屋は一軒もない。焼け残った、一部が黒く煤けた木片の集合体が、そこに家が存在したことを音も無く伝えるばかりだ。
「ここが長老の家。とりわけ損傷が激しい。おそらく、女性や子供をここに匿ったのだろうな」
燃え残った瓦礫には、誤魔化せない血の痕がこびり付いている。時間の経過で変色した血の色は、赤よりも黒に近く、炎により煤けた黒と混じり合う。
「……墓は?」
「あの向こうだ。元来のクルタ族の墓地とは違う場所だがな。幼い私では、遠い墓地まで骸を運びきれなかったから。……案内ついでだ、同胞がどうやって殺されていったか、教えてやろう」
そのあまりにも残酷な殺し方は、怒りによって達する緋の色が最も深く鮮やかである事実が招いたものだった。
家族で向かい合わせに座らされ、体中に刃物を刺され。特に子供は念入りに苦しめられ見せ物にされたうえで、惨殺された。
先導して歩くクラピカの顔は、オレには見えない。だが醸し出される雰囲気で分かった。淡々と語りながら、クラピカが眼を赤く染め上げていったことが。
「私がこの地に駆け付けた時には、亡骸はとっくに腐敗を始め、蝿やウジが無数に群がり、この一帯は凄まじい臭気に満ちていた。死してなお陵辱は続いたのだ」
そして幼いクラピカは、無数の蝿に囲まれ、ウジにまみれながら、一人、墓を掘った。
「今でも眼球を晒しものにされている。全ての眼を回収するまで、陵辱は終わらない」
クラピカに連れてこられた “ 墓 ” は、ただの開けた草むらにしか見えなかった。
おそらく当初は盛り上がっていた土は、雨風に晒されるうちに平らになり、小さな木片に名を刻んで立てた墓標も時と共に倒れ、さらに全てを雑草が覆い隠す。
「我々はここで暮らしていた。我々は確かにここに在った。だが来る度に、痕跡は少しずつなくなっていく。最後には何も、残らない。……何も。何一つ」
言葉の響きこそ寂しげだが、クラピカの物言いは端然としていた。
クルタ族の全てが消失することを、肯定さえもするように。
「なあ。なんで、オレをここに連れてきてくれたんだ?」
「お前が付いて来たがったからだろう」
買ってきたのは、五輪の赤い花。
クラピカは、全ての花びらをむしり取り、そして握った手のひらを仰向けに開いた。
ゆっくりと流れる追い風が、クラピカの手から草むらの墓地へと、赤い花びらを次々に運んだ。
クラピカがクルタの言語で発した、短い祈りの言葉とともに。
* * *
クラピカの案内は続いた。
たくさんの果物の生る木。
友人と石を投げて遊んだ川。
公用語を喋る女性を匿った洞穴。
「この辺りは、いつ来ても変わらないな」
焼け野原とされた居住区とは違い、この周辺は木々も生い茂っている。
「いつもこうやって、森中を廻るのか」
「いや、ここまで足を延ばすのは久方振りだ。せっかくだからお前もこの森の地形を覚えておいてくれ。このままでは、私が死ねば、この森を知る者はいなくなる」
「…残念だが、オレはそんなに記憶力は良くねぇぞ」
「知っている」
クラピカは、ふと気付いたように、足元の小石を拾った。
「レオリオ。水切りは得意か?」
「人並みだと思うけど…」
「やってみるといい」
クラピカは珍しく楽しげな微笑を浮かべ、目の前の川を指し示した。水切りに適した、穏やかな清流。
オレはなるべく平らな石を選び、回転を付けて投げた。石は三度跳ねて、川底へ沈んだ。オレにしては上出来な方だと思ったのだが。
「まず、石選びが悪いな」
クラピカが、先ほど拾った小石を水平に投げる。
石は、トントントントンと美しくリズムを刻み、川の向こう岸へと到達した。
「上手いもんだな」
「この森には娯楽らしい娯楽がなかったからな。なにしろゲームもテレビもない、公用語が分からなければ読める本も限られる。だから、ゴンには程遠いが、私もそれなりの野生児だった。ゴトーとのコイン勝負ではゴンに後れを取ったが、この森を駆けていた頃の私なら、もう少し良い勝負が出来たはずだ」
聴力や動体視力のような鍛えにくい能力においてクラピカが優れているのは、子供時代に培われたからなのだろう。
クラピカは普段、あまり自身の過去を語らない。そのクラピカが懐かしい話を口にするのはきっと、この森の美しい自然の為せる業だ。
「自然はこんなにも昔のまま変わらない。今も振り返れば、友人が岩に腰掛けて私を見ているような感覚さえある」
クラピカが後ろを付いて歩くオレを一度も振り返らないのは、そのためなのだと気付く。
「そろそろ行こう、レオリオ。一族の幸せの記憶を留めるこの場所に、私は似付かわしくない」
いつもなら、クラピカの自虐的な台詞を、わざわざ否定はしない。ただその時は、クラピカが同胞と共に穏やかに暮らしていた記憶を留めるその場所で、そんな台詞こそ似付かわしくはない気がしたのだ。だからオレは余計な一言を発した。
「……お前だって、幸せな記憶を持ってるはずだろ」
夕日が沈んでいく。
クラピカは今度は振り返り、オレを真っ直ぐに見据えた。
「私が、幸せの生き証人に見えるか?」
オレは不覚にも、言葉に詰まった。
そんなオレを見て、クラピカは微笑う。
「正直だな、レオリオ。復讐のために手を汚し、仲間を取り戻すためにマフィアの若頭を務めて……今の私を見て、幸せに暮らしていたクルタ族の姿を連想できる者はいないだろう」
クラピカの全身が夕日に照らされて、赤く映える。
「血に濡れた瓦礫と同じ。私の存在は、クルタ族が陵辱された証拠の一つだ。この綺麗な森に、血塗られた瓦礫が落ちていてはおかしいだろう?」
だけどお前は瓦礫じゃない。生きているじゃないか。
生きていればいつか、過去に折り合いをつけて、幸せの証人として穏やかに過ごせる日だって、来るかもしれないじゃないか。
夕日はゆっくりと沈んでいく。
* * *
陽が沈んでしまえば、街灯のないこの森では、月と星の光だけが頼りだ。
特に、生い茂った木の葉が月明かりを遮ってしまうと、自分の手のひらすら、顔に触れそうな距離まで近付けないと見えない。都会では想像も付かない、本物の真っ暗闇。
「ああ、お前は夜目が利かないのだったな」
そう言ってクラピカは、完全に陽が沈みきる前に、オレと手を繋いだ。クラピカに手を引かれることでなんとか、平衡感覚を失いそうな闇の中でも、オレは歩くことが出来ていた。十センチ先さえ見えない暗闇。けれどクラピカに全てを任せて歩くのは、どこか楽しい。
そうしてクラピカに導かれたのは、月明かりの届く、木々の少ない開けた場所。
「あー、ここなら一応、お前の顔も見える」
「それは良かった。今夜はここで野宿にしよう」
クラピカの手が離れていくと、取り残されたような不安感があった。
心細いわけではない。ただ、もっと繋いでいたかったのだと思う。
オレは草の上に寝転がり、持参した薄い毛布を被った。寝心地は最低だが、過酷な山道を半日以上歩いた疲れか、睡魔はすぐに襲ってきた。
クラピカは木の幹にもたれて座り、毛布を膝にかけている。
「お前、座ったまま寝るのか」
「……ああ…、」
曖昧な返事に、クラピカはこのまま朝を迎えるつもりなのだと察する。
「……眠れないのか」
「この地に帰った夜は、眠らないことにしている」
「悪い夢を見る、とか?」
「いや、悪夢ならいい。特にこの地の惨劇に起因する悪夢であれば、それは私の目的に向けた原動力となる」
自嘲気味に笑うと、クラピカは顔を上げ、木々の間に揺れる星空を見上げた。
「懐かしい空の下では、懐かしい夢を見る。懐かしい人たちの夢を見る」
幸せな過去の記憶をそのまま残すこの自然は、クラピカにとって優しくもあり、残酷でもあるのだろう。
「私は、見張りでもしていよう。人のいない森には、猛獣が住み着きやすいからな」
オレはハンター試験の四次試験を思い出していた。あの時も、こんな森の中、クラピカに見張りを任せて睡眠を取った。でもだからと言って、こんな夜に、クラピカを放置して眠れるわけがないだろう。
「レオリオ、」
オレが眠気を振り払い起き上がると、クラピカは、少し困ったように眉尻を下げた。
「私がこれでは眠りにくいのだろうが。本当に、見張りだと思ってくれればいい。明日の下山に備えて寝、……!!」
クラピカの腕を引き、毛布の上に押し倒す。
「……何のつもりだ」
クラピカは仰向けで、不愉快げにオレを見上げた。
「昼間あんなに歩き疲れて夜も寝ないなんて、医者志望として無視できねぇ」
「余計な世話だ」
「目ぇ閉じて転がってりゃそのうち眠れる。いいから目、閉じな」
「断わる。さっさと放せ」
「じゃねーと、無理にでも寝かし付けるぞ」
「どうやって?」
「こうやって」
「………!!」
行為を予告するように、シャツの隙間から肌へと手を滑らせる。
クラピカは驚いたように目を見張り、それからオレを鋭く睨んだ。
「ふざけるな…っ」
「お前がふざけてんだろ。こんな疲れた顔して寝ないっつって」
「…本当に心配ない。今夜に限った話じゃない、ここではいつも眠らないんだ」
「仲間に囲まれる夢を見て、起きたら一人だからか?」
クラピカの肩が、僅かに揺れる。
「オレが一晩中、朝まで隣にいる。それでも駄目か」
「……それでも、眠ろうとは思えない」
「ごちゃごちゃ余計なこと考えてるからだろ」
そもそもクラピカは最近、ずっと何かを考えているような、思い悩むような表情をしていた。だからオレは気分転換しろと言ったのに、息抜きしろと言ったのに、むしろ自分を追い詰めるようにこんな場所へ来やがって。
ただ確かに、クラピカが気分転換なんて、土台無理な話ではあった。だから。
「何も考えられなくしてやる」
「………っ!!」
手で顎を捕らえ、噛み付くように強引に口付ける。
舌を強めに押し付けると、予想し得なかったのか抵抗はなく、あっさりと舌は侵入に成功した。
「………んッ、ん、…んぐぅ……ッ」
犯すように、奥まで舌を伸ばす。上顎が擦られる刺激に反応し、クラピカの体が小さく跳ねる。喉を塞ぐように舌で覆うと、苦しげな呻きが漏れた。
顎を押さえた手の指を差し込み、大きく口を開かせる。
空いた方の手で、オレを押し返そうとする腕を、捩じり上げるように抑え込む。
暴れる足は、体重を掛けた膝で封じた。
「ん……ッ、んんぅ……っ」
顎を押さえた手でクラピカの顔の角度を変えながら、クラピカの感じる場所を探っていく。
歯茎も、頬の内側も弱い。だけど一番は舌の裏筋で、執拗に責めていると、全身が震えた。舌を逃がそうと抵抗し始めたため、吸い上げて根元を甘噛みしてから、逃げられなくなった裏筋を存分に苛め抜くと、泣きそうな声が聞こえた。
クラピカは唯一自由になる片手でオレの肩を押したり叩いたりしていたが、やがて手を震わせ、縋るようにオレの腕を掴み締めた。
「ん……っは、…はぁ…っ」
長い口付けから解放すると、クラピカは全身を無防備に脱力させ、乱れた呼吸を繰り返した。
それから、力を失った瞳で、弱々しくオレを睨んだ。
「……随分と荒々しい寝かしつけだな。却って目が冴える」
「終わったら、一気に眠くなるから安心しろ」
「………」
クラピカは目を逸らし、長めの溜息を吐いた。
そこにもう、拒絶の言葉は無かった。
「まさか故郷の地でこんなことを……しかも、野外で」
寝かせたまま服を脱がせていると、クラピカは往生際悪く、ため息交じりの文句を紡いだ。
「考えるな、余計なことは」
「……考えられないようにしてくれるのだろう?」
「そうだな。そのつもりだ」
全ての服を奪うと、月明かりが、白い素肌を闇に浮かび上がらせる。
まずは上半身を、ゆっくりと両手で撫でた。宥めてやるまでもなく、さほど緊張はしていない様子だった。
「……っ」
両方の胸先を同時に指で撫でると、さすがに息を詰めたが、それも数秒のこと。
静謐な森に乱れかけた吐息を溶かしながら、クラピカはオレに身を委ね、ただ大人しくオレの手を受け入れていた。
無防備な鎖骨に、そっと舌を這わせてみると、
「ッ!!」
突然、両手で肩を押され、引き剥がされる。
「……どうした?」
「あ、いや、……すまない」
要領を得ない返答。
試しに舌で首筋をくすぐってみると、一際大きく跳ねた後、体を強張らせた。なるほど、手ならともかく、舌で愛撫されることは、クラピカにとって想定外だったらしい。
それほど珍しい行為でもないはずだが、この程度の知識もなかったのだろうか。
「お前さ、やり方知ってる?」
「……いや。全面的にお前に任せる。指示があれば従う」
「指示って……抵抗しなきゃ、それでいいよ」
乳首を転がすように舐め、嫌がるように身を捩るのを楽しみながら、右手を下腹部へと滑らせる。
「………っ、」
まだ柔らかな芯を握ると、それは予想していたのだろう、軽く身を竦めただけだった。
それでも、根元を擦って固くしてやると、動揺したように首を振った。
「……あっ、………ッ」
乳輪を吸い上げ、口内で突起を弄びながら、右手でクラピカの熱を扱く。
声は押し殺しているようだが、時折漏れる鼻にかかったような喘ぎも、静寂の闇に響く荒い呼吸音も、隠せてはいない。
先端に溢れてきた蜜を掬い取り、亀頭に塗り拡げてやると、クラピカの全身がビクビクと震えた。
「……ッ、………」
毛布を掴み締めていたクラピカの手が、上がる。
見上げると、クラピカは両腕で、自らの顔を覆っていた。
顔を隠すなと言いかけて、気付く。
……そうか、眼の色が。
「クラピカ、」
「…………っ」
故郷の地で、こんな理由で赤くなってしまうことは、クラピカにとって歓迎できる事態ではないのだろう。
オレは乳首を一舐めしてから、舌をゆっくりと下へ滑らせた。臍を軽くクリリと抉ってから、更にその下へ。この位置ならクラピカの顔は見えないと、教えるように。
そして、自然と目の前に現れたクラピカの屹立を、口内へと迎え入れる。
「ひッ!? ……レオリオっ、レオリオ!?」
咎めるように、髪をぎゅうぎゅうと両手で引っ張られる。仕方なく顔を上げると、隠していたはずの赤い瞳が丸見えだ。クラピカにとっては、変色した瞳よりもよほど深刻な事態らしい。
「抵抗すんなっつったろ」
「だが、そこは……っ、」
「オレに任せるんだろ?」
「………っ」
髪を引いていた手が、離れる。オレは閉じかけた脚を両手で割り開き、再びそれを口に含んだ。
唇で扱き、括れを時折舐めてやるだけで、クラピカは素直過ぎるほどに全身をくねらせた。精神的な刺激、つまり羞恥や困惑が、ただでさえ敏感な身体をより敏感に仕立て上げている。
「……ん…ッ、ぁ…」
荒い息に、微かに混じる掠れた声。
溢れ出る先走りをすすり上げると、抗うように足が揺れた。
「あ……っ、ん、………も、もう、無理だ……っ」
クラピカが限界の訪れを告げるのは、思いのほか早かった。
抵抗するなとは言ったものの、この瀬戸際で脚を強く閉じようとするのは、仕方のないことだろう。
オレは両手で脚を押さえつけ、遠慮なく最後の追い込みをかけた。
「無理……ッ、あ、あぁっ、あああぁ……ッ!!」
勢い良く口内に放たれる、クラピカの快楽の証。
断続的に溢れ出たそれを飲み干してから顔を上げると、クラピカは目を閉じ、ぐったりと余韻に浸っていた。
暫し後、オレの視線を意識したように、ゆっくりと目蓋が上がり、赤い双眸がオレを捉える。
「……知らなかった…」
「何を?」
「……こんなことで……緋くなる、なんて…」
遠回しに、すべてが初めてなのだと告白されて、愛しさが込み上げた。
充分にほぐしてから、熱を持ったオレ自身をそこに押し当てると、クラピカは特段驚いた様子はなく、ただ身を竦めた。ここを使う知識はなかったようだが、オレの行為からこうなることは察していたのだろう。
「力、抜いて。ゆーっくり、息吐いてみな」
クラピカはオレの言う通り、震える息を吐き出していたが、全身は強張ったままだった。
その後も、軽く身を捩ってみたり、首を振ってみたり、毛布を掴む手の位置を変えてみたりと、クラピカなりに努力はしていたようだが、強張った体は如何ともし難いらしかった。
「……私はこのことに関して、全面的にお前の指示に従うつもりでいるが……この状況下で力を抜くというのは、無理があるのではないだろうか」
「そういう時は、可愛く言えばいいんだよ。“無理だ、レオリオ…っ” つって」
「…なんだ今の裏声は……」
呆れたように言いながら、しかし体は固いままだ。
逃げられないよう腰を強めに押さえると、いよいよだと覚悟したのだろう、クラピカは息を飲み、目を閉じた。
「大丈夫、壊したりしねーよ」
「分かっている……」
「……いいな、挿れるぞ」
「っ!! ………ッく、…あ、………ッ!!」
グッ、グッと、何度か反動を付けて、想像より狭いそこに無理やりに捻じ込む。
クラピカは、微動だにせずにオレを最後まで受け入れた。そして受け入れた後も、微動だに出来ずに、ただ身を固くして細く震えていた。
「全部、入った。……動かねーから、力抜いてみな」
「……お前の指示には…、従いたいが…」
「そういう時は可愛く言えって」
「……無理だ、…レオリオ……」
声に勢いがない。よほど辛いのだろうか。確かに、破れそうに狭い。
暗闇で見えにくい表情をよく確認しようと顔を近付けると、クラピカは慌てたように、目と口を閉じた。そんなつもりはなかったのだが、震える唇が愛しくて、誘われるような心地で口付けた。確かめるように、静かに。怖がらせないように、そっと。
表面の感触を楽しんでいると、おずおずと唇が開かれる。招かれるままに、クラピカの舌と触れ合う。触れ合うだけで充分だ、今は。
唇を離すと、名残を惜しむかのように、唾液が糸を引いた。
「なあ。出会った頃は言い争ってばっかだったよな、オレ達」
ウマの合わない奴だと思っていた。生意気な、気に食わない奴だと。
「オレを見下したような発言ばっかりしやがってさ。いっつも偉そうに澄まし顔で……」
クラピカは、戸惑うようにオレを見上げている。こうして体を繋げて、仮面を取り払ってしまえば、素顔は意外なほどに幼い。
たかが十代の子供のくせに、誰もが同情するようなご大層な過去を背負って、誰もが止めたくなるような悲壮な道を選んで。
何もかも覚悟できているようなことを言うくせに、自らの汚い行為に、自分で傷付いて。
クールな仮面の下で、いつも必死に足掻いていて。
「だんだん、気になってしょうがなくなった」
「突然、何を……」
「オレは、お前と出会えて嬉しい」
オレ達の出会いは、クラピカを襲った悲劇を前提としたものだけど。
だからまるで、お前の悲劇を喜んでいるかのような歪な台詞かもしれないけれど、それでも。
「お前と出会えて嬉しい」
クラピカは、何か言葉を探すように口を動かして、しかし発声には至らず、一度唇を閉じた。
そして暫しの沈黙の後、また唇が開かれる。
「レオリオ、……私は…」
「もう、動くぜ」
「っ!! あ、あ……ッ」
言わせる前に、突き上げた。
多少の苦痛を与えることは承知のうえで、激しく、深く。
今は何も考えられないように。
オレ以外の、何も。
「……っ、は、あ…っ、ぁ………ッ、」
苦しげな表情は、それでも徐々に慣れていくのか、次第に緩和されていく。
突く度に揺れる、薄い喉。額に張り付いた金糸。
細くて、丸みがなくて、固い体。
それでも愛しい体。
「あっ、あぁ!?」
硬くなっていたクラピカの芯を、オレのリズムに合わせて扱いてやる。
クラピカは慌てたように、オレの胸を両手で押した。
「抵抗すんなって」
「無理だレオリオっ、無理……ッ」
きっとそれはオレの教えに従ったのではなく、切羽詰まったクラピカの素のセリフだ。
オレがスピードを上げて追い詰めると、クラピカは嫌がるように首を振る。
「レオリ…っ、ひ、あ、あぁッ」
「これ、そんなにイイのか?」
「違……ッ!!」
そういえば、さっきは絶頂の表情を見られなかったと思い出し、顔を改めて見つめてみる。
初めて見る、気が強いコイツの、泣きそうに歪んだ表情。
「も、触らな…ッ、あぅっ、レオリ、あぁ……ッ」
全身が固く張り詰めている。きっともう限界だろう。
オレとクラピカの熱い息が、闇の中で魔法のように混じり合った。
「うぁ……ッ、や、ああ、ああぁ……ッ!!」
白い素肌に、白濁が飛び散る。
ビクビクと収縮を繰り返すそこに締め付けられて、オレもまた、クラピカの中で達した。
そのまま互いに、余韻に身を任せて暫しの時を過ごし。
それからオレは、クラピカの細身を、抱き締めた。
「朝までずっと、こうしてるから」
肩に押し付けたクラピカの表情は見えない。ただ、抵抗はなかった。
静かな時間の中、聞こえるのは、未だ整わない乱れた二つの息遣い。
「……朝まで抜いてもらえないのは、困る…」
「そういう話じゃねぇよ。こうやって、朝まで抱いてるってこと」
温かい夢を、怖がらなくてすむように。
『 血に濡れた瓦礫と同じ。私の存在は、クルタ族が陵辱された証拠の一つだ 』
クラピカがそう思うなら、それは否定しない。
けれど朽ちかけた単なる瓦礫を、こんなに愛しく思うはずがないだろう。
出会えて良かっただなんて、思うはずがないだろう。
クラピカはクラピカだ。クルタ族の忘れ形見である前に、この世にただ一人の、生きた人間だ。
だけど分かっている。クラピカは自分の存在を、失った同胞たちと紐付けてしか定義できないのだ。
それ以外の、ただのクラピカとしての生き方など、分からないのだ。
オレは強く、強く抱き締めた。
そうでもなければ、するりと逃げていってしまう気がしたから。
オレの毛布の上に寝転び、クラピカの毛布を掛けて。
一人分の狭い面積に、二人で眠った。
山奥の星空は、都会のそれよりも透き通って綺麗だった。
* * *
朝の光に自然と目を開けると、至近距離に、綺麗な茶の瞳。
「おはよう、レオリオ」
「あ、ああ……おはよう」
コイツ、寝顔をずっと見ていやがったのか。…そういうことは、オレがしたかった。
「本当に、朝まで離さないとはな。腕が痺れただろう」
「…お前だって、窮屈だっただろ」
「違いない」
無造作に起き上がろうとするクラピカを、腕に力を込めて、一度だけ封じる。
「……眠れたのか」
「眠れた。いい夢だったよ」
今度こそ起き出していく体を留める口実がなくて、オレの腕の中は空っぽになった。
朝食用の山菜を採るために、二人で森を廻る。
この森には、ぐるぐると妙な形の植物が多く、クラピカが食用だと教えてくれる野草もなんとも奇妙な形をしていた。色彩も独特で食欲は湧かなかったが、クラピカが食べるというなら、クルタ族が食べたというのなら、チャレンジ出来ないこともない。
採って来た山菜は、クラピカの指示通り、根をむしり芽をもいでいく。
「山菜の下拵えをするのは、子供の仕事だった。私はよく友人と二人で、こうして…」
クラピカは手元から目を逸らさない。
二人分の手元だけを見ている方が、当時の記憶と重ねやすいのかもしれない。
「昨日、何故お前をここに連れてきたのか、と聞いたな」
「オレが来たがったから、だろ?」
「ここへ誰かを連れてくるのは初めてだ。部外者をこの森に連れ込むのは掟で禁じられていたからな。例外として許されるのは、一生を誓い合った伴侶のみ」
「伴侶……」
「あ……、いや、…そういう意図でお前を連れてきたわけでは、ない」
声色は平坦なままだが、明らかに目が泳ぐ。昨夜の行為を思い出してしまったのだろう。
クラピカには珍しい表情に、オレもつい、昨夜のように抱き締めたくなる。
「……お前、最近の私は何か悩んでいる、と指摘しただろう。悩んではいないが、考えてはいた。今の私に足りないもの。足りない能力」
クラピカは慣れた所作で、川の浅瀬に大きな石で囲った円を作り、その中に下拵えを終えた山菜をさらす。アク抜きだ。
「私は念能力を、一人で戦い抜くためだけに構成した。今でも、それを過ちだとは思わない。だがヨークシンでお前達の協力を得て、多少考えが変わった。このままの私では、足りない」
川の濁りなき水面が、磨き抜かれた鏡のようにクラピカの顔を映し出す。
表情に乏しい、しかし迷いのない綺麗な顔。離れた場所に映ったオレの顔は、一方、どこか曇っていた。
「足りない能力を補うため、鎖に新たな能力を付加することを決めた。ただ、少々厄介で、簡単には…」
「また、無茶な制約でも付ける気か」
「……覚悟は決まっている。ただ誓約するにあたって、この地を訪れておきたかった。大切なことに気付かせてくれたお前と共に。私の選択の正しさを確信するために」
クラピカが自身の念能力に込める想いは深く強く、一種の聖域だ。オレには、侵せない。
手持ち無沙汰になったオレは、適当な小石を見繕って川に投げた。二回弾んで、沈む。
もう一度投げる。やはり二回弾んで、沈む。
「石選びはもちろんだが、フォームもいまいちだな」
「練習したことねーし、こんなもんだろ」
「もっと回転を掛けるんだ」
クラピカの白く細い指が、複雑な形で石を持つ。誰に教えられたわけでもない、クラピカが自分で開発した投げ方らしい。
「この投げ方は一番の友人にも内緒で、いつも手元を隠して投げていた」
「オレには見せていいのか?」
「お前の大きな手では真似できまい。今の私の手ですら、少し持ち難い」
クラピカが放った石は、銀魚のように美しく跳ね飛び、向こう岸の石に混ざった。
* * *
草むらのような墓に一礼し、立ち去ろうとした時だった。
「ここがいいな。レオリオ、あの家のあたりまで離れてくれ」
焼き払われたために木がなく、草と土ばかりが広がるその場所で、クラピカが足を止める。
オレは言われたとおり、クラピカから十メートル以上の距離を取った。
クラピカは左手の指先に、オーラの刃を作った。ゴンの「ジャンケン・チー」と同じ、変化系能力の応用だ。
そしてその刃で、クラピカは自らの首を掻っ切った。
それはあまりにも無造作で、クラピカの頸動脈から勢い良く弧を描いて飛ぶ血しぶきを見て、オレはようやく事態を理解したのだった。
「……! ………!!」
声にならない声をあげて駆け寄るオレには目もくれず、クラピカは緋の眼を発現させ、親指の鎖を首に巻いた。
オレの手が届く頃には出血量は減少していて、そして間もなくクラピカの首の傷は跡形もなく消えたのだった。
「おま……っ、そんな能力、あんなら、言え」
「ああ、教えていなかったか? ……随分と苦しそうだな」
「走った距離は、少しだけど、心臓バクバクだったから、な…」
深呼吸をして、息を整える。驚きによる拍動さえ治まってしまえば、全力疾走による息の乱れ自体はさほどのものではない。
「……いきなり何してんだよ」
「ただのテストだ。一度、致命傷を治してみたかった」
「寿命が縮むぜ、まったく」
「縮まないよ、お前の寿命は」
「まるでオレが図太いみたいな言い方だな」
改めて、クラピカの首に手を当て、無事を確認する。確かに傷は無い。内出血もなさそうだ。
「……なんで今ここで、そんなテストを?」
「人目に付かない場所で、お前と二人きり。絶好の機会じゃないか。頸動脈の切断程度なら、万一の時にはお前が救ってくれるだろう」
「こんな山奥じゃ道具もないし不衛生だし、助けらんねーよ…」
「なんとかするだろう、お前なら」
クラピカは、自らの血痕を見下ろした。
草に、土に、派手に飛び散った赤。
「この鮮やかな血の痕も、すぐに変色し、やがては消えて無くなる」
クラピカの同胞の夥しい血の痕も、既に木片にしか残っていない。草や土に散った赤は、時と共に簡単に消え失せる。
昨日クラピカが言った通り、クルタ族が存在した証は、時間の経過とともに少しずつ無くなっていくのだ。住居は木片と化しやがては朽ち果て、墓さえも草むらと化す。例え悲劇の痕跡であっても、跡形もなく消えてしまうことは、この世に存在した証拠すらなくなってしまうことは、寂しいことだとオレは思う。
けれどクラピカは言った。
「それでいい。何もかもなくなってしまうべきだ。完全なる消失こそ、救いだ」
その瞬間、クラピカの体が、ぐらりと傾ぐ。
オレは慌てて、抱きとめた。
「貧血だろ。出血しすぎだ」
「……そのようだな…」
クラピカは全身をぐったりとオレに預けた。
表情にこそ出さないが、故郷に向き合うことで、精神的にも疲弊したのだろう。
「……掟を破ってでも、お前を連れてきて良かった」
「良かねーよ。オレがいなきゃそもそも首切ってねーんだろ?」
「どうだかな。お前がいなかったとしても……この地で一度、疑似的に死を体験してみたかった。結局、一人生き残った意味を…使命を果たすまでは行けないと、再認識したに過ぎなかったがな。それにどうせ、罪を犯した私はもう、同胞と同じ場所へは行けない」
クラピカはオレに身を預けたまま、動かない。
「お前の腕の中で、夢を見た。懐かしく幸せな夢だった。私は傍観者ではなく、幸せな風景の一部として、遊び、駆け、笑った」
クラピカはオレの腕を掴み、顔を押し付ける。
「夢が終わっても、温かいままで……」
しばらくそうして、オレはクラピカを抱き支えていた。
呼吸にして十回分、その程度の時間だったと思う。
やがてクラピカはオレの胸を押して離れ、自らの脚で大地を踏みしめ、立った。
(離さなければ良かった)
「私はここに誓う。今ここにある温もりを教えてくれたお前達に、敬意を。そして二度と還らない温もりには、せめて安らかな死を、完全なる消失を。そのために私は、」
クラピカは、草むらの墓を真っ直ぐに見据え、呟くように宣言した。
「命を燃やす」
……命を、燃やす。
今までも充分に、クラピカはその身を目的のために捧げ、心身を削り取っていたように思う。
それ以上の、覚悟の誓いなのだろうか。
(オレはこの時、聞けば良かったのだ)
眼前に広がる、墓と言う名の雑草畑。
見渡せば、ただ血に濡れた瓦礫。
……命を、燃やす。
具体的な意味の分からないその言葉から、オレはなんとなく、燃やされたクルタ族の居住区の昔を思い描いた。
「旅団の奴らも、何も火まで付けなくても良かっただろうにな」
そうすれば今も、クラピカの故郷は原型を留めていただろうにと、ただそう思って口にしたその言葉。
クラピカは振り返り、意外そうにオレを見上げた。
「この地に火を放ったのは幻影旅団ではないぞ」
今度はオレが、意外さに目を見開く番だった。
「奴らの目的は緋の眼だ。火に巻かれて死なれたり、眼を抉る前の死体が焼かれては困るだろう」
「……じゃあ誰が火なんか、」
「私だ」
クラピカは表情一つ変えずに、
「私が、火を放った」
そう言った。
「血痕まみれの家屋も、破壊された調度品も、腐った食物に群がる虫も、全て我々が陵辱された証拠だ。残したままでは、同胞は安らかに眠れまい」
だからこの一角に、クラピカは次々に火を放った。すべてを焼き尽くすために。
オレは、森の暗闇に一人、赤い瞳で松明を持ち、家を、木を、焼いていくクラピカの姿を想像した。それはとても恐ろしく、哀しい光景だった。
「降り出した雨に消火され、中途半端に燃え残った瓦礫を見て、焼き尽くすべきは今ではないと、そう感じた。全ての眼を還してこそ、この地を完全に滅することは意味を持つと」
クラピカはもう一度、同胞をその手で埋めた墓地を見やった。
「何もかもなくなってしまうべきだと思うのだ。陵辱されし証拠など、すべて」
クルタ族が陵辱された証拠。
それがクラピカ自身を含むことを、オレは知っている。
クラピカは自分の存在を、失った同胞たちと紐付けてしか定義できないから。
……オレが、抱き締めても。お前の存在が大切だと、訴えても。
「次に私がこの地に帰るのは、同胞の眼をすべて集め終え、この地へ還す時だ。そして今度こそ全てを焼き払う。クルタ族が陵辱されし証拠を、すべて。そして新たな証拠を刻まぬよう、私は二度とこの場所へ帰らない」
クラピカは言った。命を燃やす覚悟をしたのだと。
「二度と、帰らない」
オレは想像した。
クラピカの赤い瞳から立ち昇った炎が、クラピカの身を焦がし、命を焼いていく。
それはいずれ、クラピカが集めきった緋の眼にも燃え移り、そしてクラピカを含むすべては、跡形もなく燃え尽きてしまうのだ。
そして訪れるのは、優しい静寂。
一際強く吹き付けた風が、クラピカの金糸を、そして民族衣装を靡かせる。
森閑とした彼の故郷の地で、その姿は誂えた絵画のように幻想的だった。
オレはその日、クラピカを掴み損ねたのかもしれない。
Novel
8巻182Pの1コマ目。どう見ても焼かれてるのですが。
同時に、大きな十字架のようなものがチラホラ……
つまり墓を掘った後にクラピカが焼いたのではという妄想。
でも子供クラピカが作った十字架にしては大きすぎるので、
これはただの瓦礫を、悲劇らしく十字架様に描写しただけかもしれない。
というか家の形も0巻と違うし、あまり深く考えてはいけないコマなのでしょうけど。
'17.10.21