◆二人でクラピカの故郷の森に来ているという設定です◆
森の外れの、少しだけ開けた場所。今夜はここで野宿だと、クラピカは言う。
オレは草の上に寝転がり、持参した薄い毛布を被った。寝心地は最低だが、ここに来るまで半日以上歩きどおしだったため、睡魔はすぐに襲ってきた。
ふと見ると、クラピカは木の幹にもたれ、座ったままだ。
「お前、まだ寝ないのか」
「……ああ…、」
曖昧な返事に、クラピカがこのまま朝を迎えるつもりなのだと察する。
「……眠れないのか」
「この地に帰った夜は、眠らないことにしている」
「悪い夢を見る、とか?」
「いや、悪夢ならいい。特にこの地の惨劇に起因する悪夢であれば、それは私の目的に向けた原動力となる」
自嘲気味に笑うと、クラピカは顔を上げ、木々の間に揺れる星空を見上げた。
「懐かしい空の下では、懐かしい夢を見る。懐かしい人たちの夢を見る。そして現実に引き戻されれば、私はただ独り」
それが耐えられないのだと、言外に。
「私は、見張りでもしていよう。稀に出るんだ、猛獣が。ごく稀にだがな」
オレはハンター試験の四次試験を思い出していた。あの時も、こんな森の中、クラピカに見張りを任せて睡眠を取った。でもだからと言って、こんな夜に、起きたままのクラピカを放置して眠れるわけがないだろう。
……ただ独り。クラピカは確かにそう言った。
「レオリオ、」
オレが眠気を振り払い起き上がると、クラピカは、少し困ったように眉尻を下げた。
「私がこれでは眠りにくいのだろうが。本当に、見張りだと思ってくれればいい。明日に備えて寝、……?」
その頬を両手で包み込むと、困った顔が、戸惑った顔に変わる。
触れた唇は、ほんの一瞬。
「………っ」
クラピカは目を逸らし、守るように手の甲を唇に当てた。
「……悪ぃ。もしかしてファーストキス、だったか?」
クラピカは、軽くオレを睨んだ。どうやら本当に初めてだったらしい。
「…今更この程度、穢れとも思わないが。それにしても、まさかお前に穢されるとは」
「穢れって何度も言うなよ、悲しくなるだろが。そんなにオレ、汚いか?」
「お前がではなく、同意を得ずに行うことが汚らわしいと…、……!」
シャツの裾から手を潜り込ませて肌に触れると、クラピカは瞬間、息を飲んだ。
「……レオリオ。何のつもりだ」
「分かんねぇ?」
「分かる。そのうえで訊く、何のつもりだ」
腰のあたりをゆっくりと撫で回すと、クラピカはオレを鋭く睨み付けた。ふざけるな、と言いたげだ。
「薬だよ」
一言、そう告げると、クラピカの表情が意表を突かれたものに変わる。
「薬……?」
「眠れないんだろ」
「眠らないだけだ」
「同じだよ。あれだけ山を登って疲弊して、徹夜なんてどうかしてる。必要だろ、安眠できる薬。睡眠導入剤」
「……これが、薬になると?」
「なる」
独りだ、と言い張るのなら。今はオレが側にいることを、教え込んでやるだけだ。
「薬、か」
クラピカは眼を閉じ、小さく口の端を上げた。遠いいつか、家族に看病された記憶でも思い返しているのだろうか。
オレが黙っていると、クラピカは微笑を保ったまま、瞳を開けてオレを見た。
「医師の卵のお前が処方する薬に、いかほどの効果があるのか見物だな」
生意気を言う唇に、オレは再び唇を重ねた。
民族衣装だけを脱がせ、シャツとズボンはそのままに、毛布の上に体を横たえる。
シャツの中の肌に触れる。頬に、耳に、首筋に舌で触れる。肌は少しずつ熱を帯びて汗ばみ、纏わりつく布地から解放してほしそうだが、そこは眠る時に寒くないよう、着たままで堪えてもらう。
胸の尖りを可愛がっていると、震える息が一つ、夜の空気に溶けていく。見ると、クラピカは両腕で顔を覆っていた。
「顔、隠すなよ」
「………ッ」
「…クラピカ?」
「……知らなかった」
おそるおそるといった態でクラピカが腕をずらすと、現れたのは緋色の双眸。
いつも射抜くように真っ直ぐなその色は、今は不安げに揺れている。
ずっと以前、感情が昂ると緋色になるのだと聞いた。その色が表すのは怒り、悲しみ、そして。
「まさか、こんなことで、……」
クラピカにとって緋の眼は、単なる身体的特質以上の複雑な意味を持つ。
だが今は、深く考えないように。 血塗られた故郷の地で、こんな理由で緋くなることに、罪悪感を抱かないように。
祈って、こめかみに口付けた。
「……ッ、……ん…っ」
ズボンと下着をずらし、育ちかけの熱をそっと取り出す。
クラピカはピクリと震えて、身を固くした。
「緊張すんなって、心配ないから。オレに任せて、ぼーっとしてりゃいい」
「………っ…」
声を出す余裕はないらしい。もしくは、あらぬ声が出ることを警戒して、あえて口を閉ざしているのか。
手で施してやりながら、緊張が解けるように、首を、耳を、顔中を啄んだ。
小夜の風に攫われる吐息は、荒く、あるいは儚く。
汗で額に張り付いた金髪は、首を振る度に、月の光を淡く反射して揺れた。
「………ッ、……」
「我慢しなくていい、大丈夫だ」
毛布を掴んだ両手が、細く震える。
目を固く閉じ、睫毛を切なげに揺らし、口を一つに引き結んで。
終わりが近いことなど隠せるはずもないのに、クラピカは頑なだ。
それでもその瞬間は、堪らず口を開いて迎えていた。溢れる嬌声を、木々のざわめきに隠しながら。
昼間の疲れも相俟ってだろう、クラピカはぐったりと眠そうだ。
オレは、その頭をそっと撫でてやる。
薬は、きっともう充分だ。あとは朝まで、側に。
クラピカはしかし、重い目蓋をなんとか開けて、眠気に無理やり対抗しながらオレを見上げた。
「あまり私を見くびるな」
「何が…」
「お前が、まだだろう」
初めてのくせに、そんなことを気にしているのか。オレはポンポン、と頭を軽く叩いてやる。
「お前が眠れりゃいいんだよ。すごーく、眠くなったろ?」
きっと目を閉じれば一分ともたず眠ってしまえるだろうに、クラピカは意地でも目を開けている。眼球が上下に揺れ、眠そうなのがありありと伝わってくるのに。
「……こんなものでは、眠れないと言ったら?」
「いやもう、明らかに眠そう…」
「薬の追加を希望する」
「え、」
「追加だ」
射抜くように、オレを見る瞳。
ゴマかせそうにはなかった。その瞳も、オレの欲望も、もう。
オレはクラピカを閉じ込めるように、仰向けのクラピカの顔の両横に、両手を付いた。
「泣いても喚いても、止まんねーぞ」
「見くびるなと言っただろう。泣かせるなり喚かせるなり出来たなら、誉めてやろう」
……言葉どおり、クラピカは泣きも喚きもしなかった。
服をすべて奪われても、少し強張った体を素直にオレに委ねた。
やり方は、知らなかったのだと思う。一応予告してから挿れた指を拒みはしなかったが、やたらと体を硬くして、ほぐすにはそれなりの時間を要した。
呼吸を荒くし、戸惑い、震え、しかしクラピカは気丈にもほとんど声を上げなかった。
それでもオレの大きさを見て、青褪めるように息を飲んだ瞬間は、いかにも経験のない年相応の表情だった。
「っく……う、……ッ、………ッ!!」
体を繋げると、脂汗を滲ませた苦しげな顔。
眉間に寄った皺を舌先で解していると、やがて赤い双眸が静かに開き、オレと視線が合った。
「つらいか?」
「想定…よりは……」
「よりは…?」
「………つらい」
「…そうか」
壊れそうには見えなかった。だけど壊れ物を扱うように、そっと背に腕を回した。
「力を抜きな。ゆっくり、息吐いて。……焦らなくていい、待つから」
月明かりの薄い闇の中、息遣いと、触れ合った肌だけがリアルだった。
オレがいるから。
側にいるから。
祈るような気持ちで抱き込んだ。
独りだなんて、言わないでくれ。
確かに腕の中で、寝息を立てるのを確認したはずだ。
だが目を覚ますと、オレが抱いていたのは、ただ朝の森の静けさだった。
「おはよう、レオリオ」
起き上がると、背後から声を掛けられる。
見ると、既に身なりを整えたクラピカの腕は、野草を携えていた。
いずれも食用…のようだが、一部、変わった色形のものが含まれていた。毒キノコの毒々しさを更に際立たせたような、食欲を減衰させる斑模様。
「山菜を採ってきた。質素だが、今日の朝食としよう」
「サンキュ。……けど、なんか変なのが混じってるような」
「ああ、コレとコレか? 毒はないが、独特の味ではある」
「……お前が食うなら、チャレンジしてみるけどよ」
下ごしらえだろう、草の根や一部の葉をむしりながら、クラピカはオレに背を向けて、呟くように言った。
「いい夢だった。ここ六年ほどで、一番の。……礼を言う」
オレはその言葉から、或いはその背中から、ふと察したのだった。
「いい薬だっただろ。毎日でもいいぜ」
「遠慮しておく。薬物依存になってはたまらない」
「それなら必要に応じて、頓服で処方することもできますが」
「検討しておきます、レオリオ先生」
茶化しに茶化しで返す、その後ろ姿を消え入りそうに感じた。
『 いい夢だった 』……いい目覚めではなかった。
単なる夢の延長だったのだろうか。
覚めたら終わる夢ではなく、起きたらオレの腕の中で続く夢。だけど腕から抜け出せば終わる、夢。
どうせ手放すと決めている温もりなど、単なる夢に過ぎないのだろうか。
結局お前は、オレがここに居ようが、これからも独りで。
「頓服薬で良いのなら。またここにお前と来ることがあれば、お願いする」
「ああ。また、連れて来てくれ」
それでも良かった。
クラピカの夢にしか現れない人たちと、現実との落差を柔らかく繋ぐ、架け橋となれたなら。
クラピカは眠った。良い夢を見た。
医者の卵の出した薬にしては、まずまずじゃないか。