「クルタ族には独自の、いわゆる宗教と呼ぶべき信仰があった。今この世界でこの信仰の内容を知るのは私と、そしてこれから私の話を聞く君だけだ、レオリオ」



神より預かりし十戒を守り約束せよ。さすれば死後その魂は楽園へ導かれん。


一、主が唯一の神である。

「一神教それ自体は特段珍しくもないものだ、君でも理解しやすいだろうな」


一、神より賜りし命を自ら放棄してはならない。

「つまりは自殺行為の禁止だ」


一、聖日を貴び、礼拝せよ。

「ここまでが、神と人の関係の在り方。ここからは、人としての在り方だ」


一、信徒は互いに平等である。

「基本的なことだが、身分制度はなく、男女平等も守られていた」


一、姦淫してはならない。

「そう、これが本題だ。婚外交渉は禁じられている。ベッドに押し倒したあげく組み敷いてくれているところ悪いが、残念ながらこのまま君が続けるなら、私は本気で抵抗せねばならない」
「………」
「放してくれるな? レオリオ」
「……続きは?」
「?」
「十戒。ついでだろ、続きも教えてくれよ」


一、人を愛せよ。

「人と人は、原則として争ってはならない」


一、盗んではならない。

「だから仲間を取り戻すには苦労したよ。強引に奪うのではなく、納得のうえ渡してもらう必要があったからな」


一、人を殺してはならない。

「………」
「………」
「……神は禁を犯した者をその限りで見捨てられはしない。だからこそ、外の世界の人間をクルタ族に迎え入れることが出来ていた」


一、遺骸は残らず地に埋めよ。

「地に埋めた亡骸の一部が欠けていた場合、その者の魂はいずれ悪霊と化し、楽園へは誘われないとされている。同胞の魂を楽園へ送るため、そして禁を破った私自身の償いのためにも、私は奪われた同胞の一部を集め、地に埋めねばならないのだ。そのためなら、」


一、十戒を守るために命を縮めること厭うなかれ。

「当然、厭わない。」



神より預かりし十戒を守り約束せよ。さすれば死後その魂は楽園へ導かれん。














「これで終わりだ。そろそろ放してくれ、レオリオ」
「クラピカ」
「何だ」
「結婚しよう」
「………………………は?」
「結婚すりゃ、姦淫じゃなくなるんだろ」
「それは、そうだが」
「結婚しよう」
「突然押し倒して組み敷いたままの体勢で言う台詞ではなかろう」
「じゃあアレか、告白してデートして交際期間を経て指輪買ってプロポーズ? そんな手順なんかお前が踏ませてくれるわけねぇだろ」
「だからと言って、」
「嫌なら十戒がどーのとか言い訳せずにさっさとオレを突き飛ばして逃げろっつーの」
「………………」
「………………」
「一生を左右する台詞だぞ。自覚はあるのか」
「しかも二人分の一生な」
「……私は誇りこそ捨てたが、クルタの教義を捨て去るつもりはない。その私と婚姻を結ぶのなら、君にも我々の掟や教義に従ってもらうことになるが」
「今のお前が守れてることなら、オレにも出来るだろ」
「……本気だというなら、まずは我々の掟を知ってもらう必要が」
「後じゃダメか?」
「、」
「今すぐ抱きてぇ。とりあえず結婚のやり方だけ教えてくれよ」
「……まったく君は」
「なんか署名とかすんの?」
「書類は必要ない。部族全員の前で愛を誓うだけだ。全員、と言っても今や私一人。だからこの場で誓いの言葉を交わせば婚姻成立だ」
「じゃあ教えてくれよ、誓いの言葉」
「……本当に良いのか。君にとっては無意味なセンテンスでも、我々には一生を誓う重要な意味を持つ言葉だぞ」
「いいから教えろ」
「………enei wo ferdatiu」
「エ……エネイ、オ、」
「少し違う。enei wo ferdatiu」
「……enei …wo、…… fer…datiu」
「enei ni aurietishi」
「……今のは?」
「誓いに答える言葉だ。これで婚姻は成立した。………、……来い」







「………………」








「なあクラピカ」
「………ん」
「オレ、もう、お前以外ダメだわ」
「………」
「頼まれたって姦淫なんか出来ねーや」
「………婚姻の誓いが有効なのは、死が二人を分かつまで。私が死せば君は自由の身だ。それは覚えておけ」
「死に分かれても、楽園で会えるんだろ」
「教義を守っていればな」
「じゃあ、自由の身になっても、また会えるまで待つだけだな」
「……レオリオ」
「ん?」
「君を縛りたくなかった」
「新婚初夜に言う台詞じゃねぇな」
「外の世界の数多の宗教を学ぶ中で、本当は(神などいない。楽園など無い。十戒は人が生きやすいよう作られたもの。例えば全ての亡骸を一か所に埋めるのは感染症の伝播等を防ぐ合理的な手段であって、だからこの教義を貫くのは私のエゴなのだろうと)」
「いいから、お前は明日から名字をどうすんのか考えてろ」
「……君は明日からクルタの掟を覚えきらねばならないな」
「…………」
「……お休み、レオリオ。良い夢を」