2020.6.4

 ベッドに寝転んで、窓越しに見上げる夜空。
 絵本の中の星々は黄色であることが多いけれど、本物の夜空に輝くそれは、ほとんど白に見える。
 黒の背景に白の星々、色彩に欠ける窓。
 だからこそ、一点輝くそれは特に目を引いた。唯一の色彩───赤い星。
「星の色は、その星の表面温度に由来する」
 裸体をシーツに預けたまま、クラピカは教えてくれた。
 つい先程まで潤んだ緋色でオレを見つめていた瞳に、窓越しの星々を映して。
「特に大きく見える赤い星は、赤色巨星。安定を保つための水素をほぼ全て消費した結果、表面温度が下降し、燃え尽きる寸前となった星だ」
 つまり夜空に一際大きく輝く赤は、間もなく寿命の尽きる星。
 そう説明されてオレはただ、そうなのか、とだけ答えたように思う。
(何故ならこのときのオレは、クラピカの緋色が縮めていくものを知らなかったから)

2020.5.7

 『生き様』という語は『死に様』から派生した造語であり、言葉の誤用であると言われることもある。
 けれど(だからこそ)なお、オレはクラピカの歩み行くその背を 『生き様』 と言い表したくなるのだ。
 軽々しく死と生を入れ替えてつくられた、浅はかなその造語。
 
 ───行き着く先にあるものは、生き方なのか、死に方なのか。

2020.5.2

「……今夜も、それか」
 どこか不満げに言うクラピカは、けれどオレを咎めることなく、その細い素足を預けてくれる。
 シーツに仰向けになった裸体の、その足側の先端たる爪先。
 オレはそれを、婚約指輪がごとく恭しく丁重に持ち上げて。
 そして形の良い足指を、舌で丁寧になぞっていく。
「………っ」
 敏感な体はこんなところでも感じるようで、クラピカが息を詰めるのが分かる。
 オレは素知らぬ振りで、ただ丁寧に、足先を舌で辿っていった。

 相反するのは二つの欲望だ。
 征服して閉じ込めて、全身あますところなくオレのものにしてやりたい。
 服従して跪いて、お前の欲望を引き出してオレの全てをやりたい。

「っ、ん、」
 ぱくりと指を食んでしまえば、思わずといった音が漏れる。
 オレはやはりそれに気付かぬふりで、キャンディーを味わうみたいに、その足の指をたっぷりと舐めしゃぶる。
「……っく、……ん……」
 小さく喘ぐその声は妙に倒錯的で、今夜もオレを酩酊に誘った。

 それは奉仕のようで、暴力のようで。
 隷属のような、支配のような。

2020.4.26

 肉厚の大きな手のひらが、冷え切った素肌に次々と熱を灯していく。
 その優しさに浸りながら、クラピカはほんの僅か、らしくもなく高望みをした。
 彼の体温がもう少しだけ高ければ、触れられた箇所全てに火傷を刻んでもらえるのにと。

2020.4.23

 クラピカは色彩に恵まれていない。肌も唇も薄く、比較的濃い茶色の瞳も地味なばかり。プラチナブロンドの輝きすら、濡れてしまえば光の反射の関係で暗く沈んでしまう。そのうえ静かで起伏に乏しい表情が、さらにクラピカという人間を淡く霞ませる。
 存在感はある。むしろそれは過剰なほどに。けれどなおクラピカは希薄だ。私欲を殺して執着せず、両手を空っぽにして歩みゆくその人は、いつでも痕跡を残さず綺麗になくなってしまえるから。
 
 クラピカは色彩に恵まれていない。白い蝶のようにヒラヒラと舞い上がって、そのまま雪のように儚く溶けてしまいそうに、薄くて脆くて頼りない。
 ……いや、きっと第三者に言わせれば、このクラピカが蝶や雪のようにあえかな存在であるはずがないのだろう。
 そんなふうに見えるのは、クラピカを失いたくないからだ。
 ───失いたくないから、今にも失いそうに見える。

2020.3.13

原作の20年後、40代になったレオリオと、10代のままの姿のクラピカでレオクラ。

【前提】
制約で寿命を縮めすぎたピカは、ナニカに『治して』もらうことで生き延びた。ただし、それは『ナニカの力によってクラピカの肉体が生命活動を維持している』に過ぎず、肉体の本当の寿命はとうに尽きている。
よって、クラピカの体は成長せず老化もしない。念能力も失った。

【本編】
寿命と引き換えに目的を達したクラピカは、医者となったレオリオの誘いにより、共に世界を巡る旅に出た。
レオリオは病児を無償で治療するために。
クラピカはそれをサポートしつつ、心から楽しかったと言える旅をするために。
毎日のように新しい景色を目にし、辿り着いた村で医療行為、一通り終わればまた次の旅路へつく日々。

レオリオが20代の頃は人々から『仲の良い友人』と認識されていたレオクラだが、レオリオが40代になる頃には見た目の年齢差が開きすぎるので『熟練の医者とその弟子』と認識されるようになる。
世界中を巡っている二人なので、同じ場所を訪れるのは5年に1回ぐらい。旅医者は珍しいので皆レオリオを覚えていて歓迎してくれる。
逆にクラピカを覚えている人は少ない。よく喋るレオリオとは異なり、クラピカは寡黙だから印象に残りにくいので(というか、そうなるようにクラピカが控えめに振る舞っている)。だから、クラピカを覚えている人がいても容姿までは覚えておらず、よってクラピカが10代の姿のままでいることを訝しむ人はいなかった。

レオリオが40代になる頃、レオリオは不安を抱くようになる。「本当にクラピカはこれで幸せなのか?」
なにしろ、クラピカを「治してくれ」とナニカとキルアに頼んだのはレオリオだったから。クラピカは制約どおり、目的達成と引き換えに命を投げ出すつもりでいた。己の命の終了を当然に受け入れていた。それをレオリオが強引に、半ば騙し討ちのように治させたのだ。
もちろんレオリオは、まさかクラピカの成長が止まるだなんて想像もしていなかった。
今のクラピカはもう、各地を転々と旅して生きるほかない。一か所に留まっては、いつまでも10代のままの外見を怪しまれる。
肉体の変化が止まっているから、念能力を使えないばかりでなく、鍛えても筋肉は身に付かない。時を止めた肉体。一心に目的だけを見据えて歩いてきたからだろう、クラピカにはまともな趣味もない。
10代のままの姿は、あらゆる可能性を奪われた姿に見えて。透き通る肌は、当時のクラピカの苦悩をそのまま引き摺っているようで…

一方のピカは、今の生活に満足している。ただ、自分がレオリオの枷になっていないかと不安。加えて、制約で寿命が尽きかけた経験から、『あと●年で自分は死ぬ』と正確に自らの寿命を把握しているので、特有の遁世感みたいなものが表情に出てしまう。なので笑っていてもどこか寂しそうだったり、穏やかなのに影があったり

さて、まだレオリオが20代の頃に訪れた村で、クラピカは告白を受けていた。「ボクが大きくなったら結婚してください!」5歳の男の子。
「君の人生は長い。これからきっと、もっと素敵な女性に巡り合える」……穏やかにそう断ってから15年。再びその村を訪れたクラピカを、20歳に成長した元男の子はハッキリと覚えていた。
「不思議な方だ。貴方はいつまでも綺麗なままなんですね」初めての指摘。
「ボクはこのとおり、大きくなりました。改めて申し込みます…結婚してください」
青年の逞しい腕を拒むには、成長を止めたピカの体は頼りなく華奢で…。
どうするどうなるレオクラ!